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7・7コトコト(ことこと)じっくり煮込んだ(にこんだ)日(ひ)帝(てい)♪(おんぷ)第一回(だいいっかい)デモ(でも)

 

7月(7がつ)7日(7か)コトコト(ことこと)じっくり煮込んだ(にこんだ)()(てい)(おんぷ)以下(いか)コトコト(ことこと)()(てい)(おんぷ)デモ(でも)第一回(だいいっかい)行われ(おこなわれ)ました

 17(17)()三条(さんじょう)大橋(おおはし)出発(しゅっぱつ)し、河原町(かわらまち)御池(みいけ)(やじるし)烏丸(からすま)御池(おいけ)(やじるし)烏丸(からすまる)四条(しじょう)コース(こーす)(やく)1()時間(じかん)かけ歩きました(あるきました)

(とく)に、決まった(きまった)シュプレヒコール(しゅぷれひこーる)などもなく、叫びたい(さけびたい)(ひと)叫び(さけび)プラカ(ぷらか)掲げたい(かかげたい)(ひと)掲げ(かかげ)歩く(あるく)だけの(ひと)歩く(あるく)だけ、いう(ふう)それぞれがしたいようにデモ(でも)するいい感じ(かんじ)デモ(でも)になったんじゃないでしょうか。

 デモ(でも)では横断幕(おうだんまく)掲げ(かかげ)プラカ(ぷらか)(なん)種類(しゅるい)用意(ようい)していましたので、そちらをup(あっぷ)します。

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↑これが横断幕(おうだんまく)(よこ)2()(めーとる)以上(いじょう)のけっこうでかくて、(かぜ)大変(たいへん)でした。

 

ただ、かなり大きい(おおきい)(ぶん)沿道(えんどう)(ひと)たちの注目(ちゅうもく)浴びて(あびて)いましたよ。プラカぷらか裏表うらおもての4種類しゅるい用意よういしていました。

 

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以上(いじょう)が、プラカ(ぷらか)でそれぞれ、左右(さゆう)表裏(ひょうり)プラカ(ぷらか)用意(ようい)していました。

 

 

 

コトコト(ことこと)じっくり煮込んだ(にこんだ)(にっ)(てい(おんぷ)一同(いちどう)

 

反差別(はんさべつ)反レイシズム(はんれいしずむ)運動(うんどう)取り戻す(とりもどす)ために(*当日(とうじつ)配布(はいふ)した呼びかけ(よびかけ)(ぶん)です)

 

(すで)ご存知(ごぞんじ)(ほう)多い(おおい)思い(おもい)ますが、「在日(ざいにち)特権(とっけん)許さない(ゆるさない)市民(しみん)(かい)」(在特会(ざいとっかい))といった「行動(こうどう)する保守(ほしゅ)」によるヘイトスピーチ(へいとすぴーち)街宣(がいせん)対して(たいして)レイシスト()をしばき(たい)」(しばき(たい))やそれに呼応(こおう)して登場(とうじょう)した「仲良く(なかよく)しようぜ」などのメッセージ(めっせーじ)送る(おくる)プラカード隊(ぷらかーどたい)プラカ隊(ぷらかたい))といったウンター(かうんたー)行動(こうどう)が、東京(とうきょう)大阪(おおさか)中心(ちゅうしん)に<反差別(はんさべつ)>、<反レイシズム(はんれいしずむ)>の看板(かんばん)掲げて(かかげて)今年(ことし)2()(がつ)より活動(かつどう)しています。

 

しかし、その中身(なかみ)においてウンター(かうんたーがわ)からセクシズム(せくしずむ)能力(のうりょく)主義(しゅぎ)暴力(ぼうりょく)行使(こうし)されるなどとても差別(はんさべつ)言い難い(いいがたい)状況(じょうきょう)毎度(まいど)のようにって(おちいって)いること、日本社会(にほんしゃかい)戦後一貫(せんごいっかん)して植民地(しょくみんち)主義(しゅぎ)継続(けいぞく)させ日本人(にほんじん)中心(ちゅうしん)主義(しゅぎ)維持(いじ)するための制度的(せいどてき)差別(さべつ)およびそれを支える(ささえる)歴史(れきし)修正(しゅうせい)主義(しゅぎ)放置(ほうち)されていること、それとセット(せっと)ナショナリズム(なしょなりずむ)日本(にほん)主義(しゅぎ)言い換え(いいかえ)可能(かのう)でしょう)が積極的(せっきょくてき)動員(どういん)されていること、(とう)問題(もんだい)起こって(おこって)います。そればかりか、そのような批判(ひはん)対して(たいして)は「行動(こうどう)する保守(ほしゅ)」によるヘイトスピーチ(へいとすぴーち)街宣(がいせん)こそが「優先(ゆうせん)」して防がれる(ふせがれる)べき「眼前(がんぜん)暴力(ぼうりょく)」であるとして、批判(ひはん)についてウンター(かうんたー)行動(こうどう)をくじくものとして斥けて(しりぞけて)います。「高校(こうこう)無償化(むしょうか)制度(せいど)より朝鮮(ちょうせん)学校(がっこう)通う(かよう)(もの)たちが除外(じょがい)されていることが典型的(てんけいてき)民族(みんぞく)差別(さべつ)であるにも関わらず(かかわらず)、そのような差別(さべつ)政策(せいさく)肯定(こうてい)する(もの)ウンター(かうんたー)行動(こうどう)への参加(さんか)歓迎(かんげい)されていることはまさにそれをよく(あらわ)しています。

 

制度的(せいどてき)差別(さべつ)について(こう)権力(けんりょく)常に(つねに)それを「正当(せいとう)区別(くべつ)」とうそぶきメディア(めでぃあ)のほとんども追従(ついしょう)するという状況(じょうきょう)において、「行動(こうどう)する保守(ほしゅ)」によるヘイトスピーチ(へいとすぴーち)街宣(がいせん)比べる(くらべる)とそれを「差別(さべつ)」として認識(にんしき)するためには「段階(だんかい)」が必要(ひつよう)という意見(いけん)もあるでしょう(これについて、「普通(ふつう)のひと」には政府(せいふ)、メディアを批判的(ひはんてき)にみれない、という「大衆(たいしゅう)蔑視(べっし)」であるという批判(ひはん)正当(せいとう)であると思います(おもいます))。そのような意味(いみ)では喫緊(きっきん)暴力(ぼうりょく)のひとつである(ひとつでしかない)「行動(こうどう)する保守(ほしゅ)」によるヘイトスピーチ(へいとすぴーち)街宣(がいせん)対する(たいする)ウンター(かうんたー)行動(こうどう)への参加(さんか)の「敷居(しきい)」を下げ(さげ)ウンター(かうんたー)それ自体(じたい)効果(こうか)最大化(さいだいか)図る(はかる)という目的(もくてき)照らす(てらす)ならば、例えば(たとえば)高校(こうこう)無償化(むしょうか)除外(じょがい)についての(にんしき)については「あとから」でもという考え(かんがえ)一概(いちがい)には否定(ひてい)できないという考え方(かんがえかた)もあるかもしれません(考え方(かんがえかた)あり得る(ありえる)だけで同調(どうちょう)しません)。

 

しかし、ウンター(かうんたー)行動(こうどう)始まって(はじまって)(すで)5()か月(かげつ)経とう(たとう)とするなか、依然として(いぜんとして)ウンター(かうんたー)内部(ないぶ)レイシズム(れいしずむ)許容(きょよう)され続け(されつづけ)ています。「しばき(たい)」に「プラカ隊(ぷらかたい)」、そして大阪(おおさか)の((すで)解散(かいさん)した)「ともだちを守る(まもる)(だん)」(守る(まもる)(だん))にしても「行動(こうどう)する保守(ほしゅ)」に対して(たいして)こそ()向けて(むけて)も、その()(こう)権力(けんりょく)(まさにその意志(いし)基づいて(もとづいて)差別(さべつ)まかり通って(まかりとおって)いるにもかかわらず)には向けられ得ない(むけられえない)のは何故(なぜ)でしょうか?私たち(わたしたち)昨今(さっこん)ウンター(かうんたー)はあくまでもヘイトスピーチ(へいとすぴーち)街宣(がいせん)ウンター(かうんたー)ではあっても<反差別(はんさべつ)>、<反レイシズム(はんれいしずむ)>という看板(かんばん)掲げる(かかげる)資格(しかく)(すで)失して(しっして)いると考えます(かんがえます)反差別(はんさべつ)反レイシズム(はんれいしずむ)運動(うんどう)本来(ほんらい)在る(ある)べき姿(すがた)具現(ぐげん)させていくべく、たとえ独り(ひとり)でも、また(とも)にでも、(こえ)をあげていく必要(ひつよう)をここに呼び(よび)かけます。

 

2013(ねん)7(がつ)7(にち)

 

 

コトコト(ことこと)じっくり煮込んだ(にこんだ)()(てい)(おんぷ)