本当(ほんとう)に「レイシスト」をしばけるの???-ルビつき-⑤
おわりに
つまり彼らが呼びかけているのは反ヘイトデモではあっても、反レイシズムではないのであるが、一方で木野氏は「私は排外主義に反対しているのであって、桜井や在特会を特別に非難したいわけではありません」、「「排外主義」という思想に対して抗議をしたい」などと主張している。こうして反排外主義、反レイシズムと看板だけ大きく掲げ、実際には諸々のレイシズムによる暴力を許容し問えなくさせることで反レイシズム運動全体が後退の危機に陥っていくことを私は危惧する。
では、私たちは何をするべきだろうか?これは批判するのに当たっての「資格」を得るためではなく(そんな「資格」など誰も必要としない)、私たちは反レイシズム運動の在るべき姿を取り戻さなければならないのだ。在特会に反対するなど、どんな理由でも可能である。彼らの主張の内容そのものではなくパフォーマンスが「やり過ぎ」として反対することだって可能である。しかしそれは反レイシズムではない。排外デモへのカウンターという形態ではそもそも限界がある(それならそれで「反ヘイトデモ」とでも看板を変えれば別に問題はないと私自身は思うが、もちろんプライドやら昂揚感はお預けですよ)。私たちに必要なのは在特会のカウンターではなくて、むしろ在特会の方がカウンターに追われて新大久保や鶴嘴でヘイトデモを続ける余裕がなくなるほどの、反レイシズムの運動を仕掛けていく必要があるのではなかろうか。