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加害の歴史に向き合え(かがいの れきしに むきあえ)

***2つめは かんじ なし***

お久しぶりです☆暑過ぎる毎日、みなさん無事ですか?

この時期は毎年、戦争特集って新聞でもテレビでもやりますよね。私も読んだり、観たりして、ほんとにこんな悲惨なことは二度とあってはならないと思いはもちろん抱くんですが、しかし、どれもこれも被害者、犠牲者としての日本人の話ばかりなんですよね。
まるで天災に襲われた犠牲者のような。
侵略戦争やっといてそんなわけないじゃん、といつも強く思います。戦争苦しかった話はもちろんしたらええけど、苦しめたひとたちに対する責任ちゃんととらんといけないはずなのに、いつまでたっても思考が内向きです。
向き合うべき、応えるべき他者の存在を認めようとしない。
なにせ特に責任あるテンノーに責任とらせずいまだにヘーカ、ヘーカと呼んでるんだから、ほんと犯罪的に悪いと思います。
そんなふうに特にこの時期は毎年イライラさせられるので、8月8日にデモしました。


(スピーチ)
〜をご通行中のみなさん。
先日8月6日は広島に、明日の9日は長崎に原子爆弾が投下された日として、毎年この時期はテレビや新聞でも先の戦争の特集もくまれるので、みなさんも様々に戦争の悲惨さ、痛みに思いを寄せているのではないでしょうか。
戦争がもたらした被害を二度と繰り返してはいけない、という思いがどこまでも真実である一方で、先の戦争について被害の面しかみないでいれば、それはまた国をまもるため、自衛のための戦争という論理を覆すことはできないと思います。

先の戦争が侵略戦争であったことを真摯に受けとめ、加害をこそ繰り返してはならないと誓うこと、それが日本にとって必要とされ、そして圧倒的にかけている不戦の誓いであり、それは何よりも侵略戦争で日本軍によって殺されたアジア、世界のひとびとに対しての最低限の責任のはずです。
広島、長崎にしてもそれは日本の被害という枠を越えたものでした。原爆の犠牲となった旧植民地出身者である朝鮮人たちは7万人余りが被爆し、4万人余りが命を失ったと言われています。朝鮮人被爆者たちは戦後も長らく放置されてきました。このような歴史、ひとびとに光を当てていかなければなりません。
戦争法案を通そうとする為政者たちは今、そしてこれまでもずっと加害の歴史を書き換えようとしてきました。「従軍慰安婦」は捏造だ、南京虐殺はなかった、という妄言・暴言が繰り返され、学校教育は戦前の愛国教育に戻っています。
このような流れに抗いましょう。
加害の歴史に向き合わずして真の平和への道はありません。

日本はアジアへの侵略を反省しろ!
日本は加害の歴史を忘れるな!
日の丸・君が代反対!
戦争法案反対!
朝鮮敵視政策反対!
朝鮮への経済制裁を無条件に廃止しろ!
朝鮮学校生徒の高校無償化制度からの排除を許さないぞ!
ただちに適用しろ!さかのぼって適用しろ!

コトコトじっくり煮込んだ日帝♪(レの八分音符)

***かんじ なし***

おひさしぶりです☆ あつすぎる まいにち、みなさん ぶじ ですか?

この じきは まいとし、せんそうとくしゅうって しんぶん でも テレビ でも やりますよね。 わたしも よんだり、みたりして、ほんとに こんな ひさんなことは にどと あってはならない という おもいは もちろん いだくんですが、しかし、どれもこれも ひがいしゃ、ぎせいしゃとしての にほんじんの はなし ばかり なんですよね。
まるで てんさいに おそわれた ぎせいしゃ の ような。
しんりゃくせんそう やっといて そんなわけ ないじゃん、と いつも つよく おもいます。せんそう くるしかった はなしは もちろん したらええけど、くるしめた ひとたちに たいする せきにん ちゃんと とらんと いけない はずなのに、いつまで たっても しこうが うちむきです。
むきあうべき、こたえるべき たしゃ の そんざいを みとめようとしない。
なにせ とくに せきにんある テンノーに せきにん とらせず いまだに ヘーカ、ヘーカと よんでるんだから、ほんと はんざいてきに わるいと おもいます。
そんなふうに とくに この じきは まいとし イライラ させられるので、8がつ8にちに デモしました。


(スピーチ)
〜を ごつうこうちゅうの みなさん。
せんじつ8がつ6にちは ひろしまに、 あすの 9にちは ながさきに げんしばくだんが とうかされた ひ として、まいとし この じきは テレビや しんぶんでも さきの せんそうの とくしゅうも くまれるので、みなさんも さまざまなに せんそうの ひさんさ、いたみに おもいを よせているのでは ないでしょうか。
せんそうが もたらした ひがいをにどと くりかえしては いけない、という おもいが どこまでも しんじつ である いっぽうで、さきの せんそうについて ひがいの めんしか みないでいれば、それは また くにを まもるため、じえい の ための せんそう という ろんりを くつがえす ことは できないと おもいます。

さきの せんそうが しんりゃくせんそう で あったことを しんしに うけとめ、かがいをこそ くりかえしては ならないと ちかうこと、それが にほんにとって ひつようとされ、そして あっとうてき にかけている ふせん の ちかい であり、それは なによりも しんりゃくせんそうで にほんぐん によって ころされた アジア、せかい の ひとびとに たいしての さいていげんの せきにん の はずです。
ひろしま、ながさき にしても それは にほん の ひがい という わくこえた ものでした。げんばく の ぎせい となった きゅうしょくみんちしゅっしんしゃ である ちょうせんじん たちは 7まんにんあまが ひばくし、4まんにんあまりが いのちを うしなったと いわれています。ちょうせんじんひばくしゃたちは せんごも ながらく ほうち されてきました。このような れきし、ひとびとに ひかりを あてて いかなければ なりません。
せんそうほうんを とおそうと する いせいしゃたちは いま、そして これまでも ずっと かがいの れきしを かきかえようと してきました。「じゅうぐんいあんふ」は ねつぞうだ、なんきんぎゃくさつは なかった、という もうげん・ぼうげんが くりかえされ、 がっこうきょういくは せんぜんの あいこくきょういくに もどって います。
このような ながれに あらがいましょう。
かがいの れきしに むきあわずして しんの へいわへの みちは ありません。

にほんは アジアへの しんりゃを はんせい しろ!
にほんは かがいの れきしを わすれるな!
ひのまる・きみがよ はんたい!
せんそうほうあん はんたい!
ちょうせん てきしせいさく はんたい!
ちょうせんへの けいざいせいさいを むじょうけんに はいし しろ!
ちょうせんがっこうせいとの こうこうむしょうかせいど からの はいじょを ゆるさないぞ!
ただちに てきようしろ!
さかのぼって てきようしろ!

コトコト じっくり にこんだ にってい♪(レのはちぶおんぷ)