7月22日 反天皇@御所 * 7がつ 22にち はんてんのう あっと ごしょ

** ふたつめ は かんじ つかって いません **

 

みなさん、ごきげんよう、そしてはんにちわ。

 

先月、ささやかながら共謀祭を催した私たちですが、その際に色んなこれからやりたい企てが出ました。

http://kotokotonittei.hatenadiary.jp/entry/2017/07/10/113157

 

ということで、そのなかでも人気の高かった京都御所で(正確には御所を囲む御苑ですが)天皇制反対の集いを7月22日に催しました♪

 

こんな様子。

 

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反日・反天皇メッセージとこの日のために書き下ろして収録した4曲(「ハッハ反日」「ラップ」「コミュ」「天皇三世代」どれも名曲)を流しながら穏やかに、猛暑に晒されつつ語らいあっていたら、1時間ほど過ぎてでしょうか通りかかった管理者がこちらをジロジロ見て何やら電話を。

 

はい、警察がやってきました! 

 

まず御所専用の皇宮警察3名がやってきて、後から応援にと京都府警上京署からさらに3名やってきて、さらに所属不明の私服警官3名もやってきました。

 

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皇宮警察のパトカーは黒です。

 

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皇宮警察と助っ人でやってきた上京署の警察たち

 

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私服警官も参上

 

まず皇宮警察に言われたことは、このようにバナーとか広げて集うには許可がいるということ。

 

しかし、私たちは事前に京都御苑について調べていたのでそんな事実はないということ、またここでプラカやバナーを広げることが管理者にとって面白くなくとも警察が介入することではないということ(民事不介入)を一通り伝えると、なんやら私たちを放っておいて長々と相談し始める警察たち。

 

結局、管理者との間で拡声器の使用についてだけ話し合い管理者のほうは納得して帰っていきました。プラカードやバナーは一切問題になっていません。

 

つまり、最初の許可がいるというのはやはり真っ赤な嘘だったわけです。

 

警察は平気で嘘をつきます。

大事なことなのでもう一回。

警察は平気で嘘をつきます。

 

そこで皇宮警察は去りましたが上京署の警察たちと私服はまだその場に残ってなんやらアレコレ話し合う。

で、私たちのほうにやってきて職質をしてきました。

 

まず「日本人」かと訊かれました。

 

なんか、もう、さすがですね…さすがレイシズム大国ニッポン。「日本スゴイ!」ってやつです。

 

あとは団体名とか、この集いの目的とか…

 

もちろん、任意なのだから応じる気はないと回答拒否です。

上京署と私服もこれ以上はなにもできないので帰りました。

 

興味深かったのは、私たちのようにこの御苑で天皇制反対のメッセージを掲げて座り込んでるみたいな存在が前例のない初めての経験ということで上京署としても対応方針をはかりかねていたことでした。

 

ずーっと前からこんなに無駄にだだっ広い土地が用意されているのに、なんと前例がなかったらしいのです!

確かに私たちも今回が初であり、これを思いついたとき「なんで今までやらなかったんだろう」と思ったものでしたが…

 

そのことは天皇制が暴力によって維持されてきたことを物語るようです。

 

猛暑日でもあったので人の行き交いは寂しかったかもしれませんが、明仁上皇になったら京都御所で暮らすかもなんて話もあるので、今のうちから「ウェルカムされてると思うなよ!」「来たらいつもすぐそばで抗議やってやるからな!」という意思表示として初の試みですがやっておいてよかったです。

こういう前例を作って続けていくことは大事なんじゃないかなと思います。

 

てーーーーんーーーNO!!!

 

** かんじ つかって いません **

 

みなさん、 ごきげんよう、 そして はんにちわ。

せんげつ、 ささやか ながら きょうぼうさい を もよおした わたしたち です が、 その さい に いろんな これから やりたい くわだて が でました。
http://kotokotonittei.hatenadiary.jp/entry/2017/07/10/113157

という こと で、 その なか でも にんき の たかかっ た きょうと ごしょ で (せいかく に は ごしょ を かこむ ぎょえん です が) てんのうせい はんたい の つどい を 7 がつ 22 にち に もよおしました ♪

こんな ようす。

 

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はんにち ・ はんてんのう めっせーじ と この ひ の ため に かきおろして しゅうろく した 4 きょく (「はっは はんにち」「らっぷ」「こみゅ」「てんのう さん せだい」 どれ も めいきょく) を ながしながら おだやか に、 もうしょ に さらされつつ かたらいあって いたら、 1 じかん ほど すぎて でしょう か とおりかかった かんりしゃ が こちら を じろじろ みて なにやら でんわ を。

 

はい、 けいさつ が やってきました!

 

まず ごしょ せんよう の こうぐうけいさつ 3 めい が やってきて、 ご から おうえん に と きょうと ふけい かみぎょうしょ から さらに 3 めい やってきて、 さらに しょぞく ふめい の しふく けいかん 3 めい も やってきました。

 

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こうぐう けいさつ の ぱとかー は くろ です。

 

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こうぐう けいさつ と すけっと で やってきた かみぎょうしょ の けいさつたち

 

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しふく けいかん も さんじょう

 

まず こうぐう けいさつ に いわれた こと は、 この よう に ばなー とか ひろげて つどうに は きょか が いるという こと。

しかし、 わたしたち は じぜん に きょうと ぎょえん について しらべて いた ので そんな じじつ は ない という こと、 また ここ で ぷらか や ばなー を ひろげる こと が かんりしゃ にとって おもしろく なく とも けいさつ が かいにゅう する こと で は ない という こと (みんじ ふかいにゅう) を ひととおり つたえると、 なん やら わたしたち を ほうって おいて ながなが と そうだん しはじめる けいさつたち。

けっきょく、 かんりしゃ と の あいだ で かくせいき の しよう について だけ はなしあい かんりしゃ の ほう は なっとく して かえって いきました。 ぷらかーど や ばなー は いっさい もんだい に なって いません。

つまり、 さいしょ の きょか が いると いう の は やはり まっか な うそ だった わけ です。

けいさつ は へいき で うそ を つきます。
だいじ な こと な ので もう いっかい。
けいさつ は へいき で うそ を つきます。

そこで こうぐう けいさつ は さりました が かみぎょうしょ の けいさつたち と しふく は まだ その ば に のこって なん やら あれこれ はなしあう。
で、 わたしたち の ほう に やってきて しょくしつ を して きました。

まず 「にっぽんじん」 か と きかれました。

なんか、 もう、 さすが です ね … さすが れいしずむ たいこく にっぽん。 「にっぽん すごい!」 って やつ です。

あと は だんたいめい とか、 この つどい の もくてき とか …

もちろん、 にんい な の だ から おうじる き は ない と かいとう きょひ です。

かみぎょうしょ と しふく も これ いじょう は なに も できない ので かえりました。

きょうみ ぶかかっ た の は、 わたしたち の よう に この ぎょえん で てんのうせい はんたい の めっせーじ を かかげて すわりこんでる みたい な そんざい が ぜんれい の ない はじめて の けいけん という こと で かみぎょうしょ として も たいおう ほうしん を はかりかねて いた こと でした。

ずーっと まえ から こんなに むだ に だだっぴろい とち が ようい されて いるのに、 なんと ぜんれい が なかっ たらしい の です!
たしか に わたしたち も こんかい が はつ であり、 これ を おもいついた とき 「なんで いま まで やらなかった ん だろう」 と おもった もの でした が …

その こと は てんのうせい が ぼうりょく によって いじ されて きた こと を ものがたる よう です。

もうしょび で も あった ので ひと の いきかいは さびしかっ た かも しれません が、 あきひと が じょうこう に なったら きょうと ごしょ で くらす かも なんて はなし も あるので、 いま の うち から 「うぇるかむ されてると おもうな よ!」「きたら いつも すぐ そば で こうぎ やって やるから な!」 という いし ひょうじ として はつ の こころみ です が やって おいて よかっ たです。
こういう ぜんれい を つくって つづけて いく こと は だいじ な ん じゃ ない か な と おもいます。

て ーーーー ん ーーー NO!!!

6月24日 共謀祭 * 6がつ 24にち きょうぼうさい

** ふたつめ は かんじ つかって いません **
 
みなさんはんにちわ~
さて、去る6月15日の強行採決をへて、もう21日には「共謀罪」法が公布されてしまいました。
現状、なにをやっても(やっていなくても)自分たちの思いどおりにひとを拘束したり、痛めつけたりする警察(とそれらに命令する権力)ですが、
共謀罪」ができてしまうと、あなたとわたしがSNSで交わしたおしゃべりをもとに、罪に問われてしまうことになるやもしれません。そりゃもう権力やりたい放題です。
「そんなぶっそうなこと言ったりせえへんから大丈夫やわ」
「つかまるのは「日の丸おろせー!」とか「君が代流すなー」とか言ってる反日非国民だけやろ」
「ぶっそうなこと」ってどんなこと?「反日非国民」ってどんなひとたち?
何がぶっそうで何がぶっそうでないか、あなたが反日非国民か反日非国民でないかは、あなたを捕まえたいと思っている人たちには
実はどうでもいいことです。その人らが、なんらかの理由があってあなたを捕まえたい、拘束したいと思ったとき、そのときあなたの言動は、捕まえる人にとって
「社会の秩序を乱す可能性のあるわるい行動」になります。これといって行動していなければ、「わるいことをたくらんでいる」として、捕まえます。これが「共謀罪」です。
 
内心の自由を侵し、表現の自由を狭め、権力にさらに力を与えてしまう「共謀罪」。
こんなものの存在を、ゆるすわけにはいけません。
そして「共謀罪」は、「成立するかもよ」「採決したよ」「施行するよ」の段階から、誰かの表現を、告発を、萎縮させる効果を持っています。
これこそが、まだ適用されてもいない「共謀罪のおそろしいところです。
だから、萎縮しないで、どんどん共謀しましょう。
3人寄れば共謀。休みの前には共謀。仕事を終えたら共謀。お金が入れば共謀。肩がこったら共謀。ニキビつぶして共謀。
夏になったら共謀。雪が降ったら共謀。西へ行ったら共謀。東に行っても共謀。
充電できたら共謀。Wi-Fiつかんで共謀。電波なくても共謀。雨があがったら共謀。
 
ということで、公布直後の6月24日、某所でささやかな「共謀祭」をもよおしました。
祭りといっても笛やたいこ、酒やおでんや押し寿司はありません。
しかし、わたしたちにはおのおのたくさんの「はかりごと」があります。
それらを持ち寄って、共謀しました。
 

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《画像:はかりごとのかずかず》
 
御所(京都御所)、大人気ですね。
ほか、泊まり込みや展示など、いろんなはかりごとが出てきました。
参加したメンバーが最近気になっていることなどもシェアして、やっぱり天皇制ダメだよね、って。
どれからやるか、どれもやるか、それはまた今後ということで。
 
みなさん、共謀しましょう!
 
** かんじ つかって いません **
 
みなさん はん に ちわ ~
さて、 さる 6 がつ 15 にち の きょうこう さいけつ を へて、 もう 21 にち に は 「きょうぼうざい」 ほう が こうふ されて しまいました。
げんじょう、 なに を やって も (やって いなく て も) じぶんたち の おもい どおり に ひと を こうそく したり、 いため つけたり する けいさつ (と それら に めいれい する けんりょく) です が、 
「きょうぼうざい」 が できて しまうと、 あなた と わたし が SNS (えす えぬ えす) で かわした おしゃべり を もと に、 つみ に とわれて しまう こと に なるや も しれません。 そりゃ もう けんりょく やりたい ほうだい です。
「そんな ぶっそう な こと いったり せ え へん から だいじょうぶ や わ」
「つかまる の は 「ひのまる おろせ ー!」 とか 「きみがよ ながすなー」 とか いってる はんにち ひこくみん だけ やろ」
「ぶっそう な こと」 って どんな こと?「はんにち ひこくみん」 って どんな ひとたち?
なに が ぶっそう で なに が ぶっそう でない か、 あなた が はんにち ひこくみん か はんにち ひこくみん でない か は、 あなた を つかまえたい と おもって いる ひとたち に は
じつは どう でも いい こと です。 その ひとら が、 なんらかの りゆう が あって あなた を つかまえたい、 こうそく したい と おもった とき、 その とき あなた の げんどう は、 つかまえる ひと にとって
「しゃかい の ちつじょ を みだす かのうせい の ある わるい こうどう」 に なります。 これ と いって こうどう して いなけれ ば、 「わるい こと を たくらんで いる」 として、 つかまえます。 これ が 「きょうぼうざい」 です。

ないしん の じゆう を おかし、 ひょうげん の じゆう を せばめ、 けんりょく に さらに ちから を あたえて しまう 「きょうぼうざい」。
こんな もの の そんざい を、 ゆるす わけ に は いけません。
そして 「きょうぼうざい」 は、 「せいりつ するかも よ」「さいけつ した よ」「しこう するよ」 の だんかい から、 だれか の ひょうげん を、 こくはつ を、 いしゅく させる こうか を もって います。
これ こそ が、 まだ てきよう されて も いない 「きょうぼうざい」 の おそろしい ところ です。
だから、 いしゅく しない で、 どんどん きょうぼう しましょう。
3にん よれば きょうぼう。 やすみ の まえ に は きょうぼう。 しごと を おえたら きょうぼう。 おかね が はいれば きょうぼう。 かた が こったら きょうぼう。 にきび つぶして きょうぼう。
なつ に なったら きょうぼう。 ゆき が ふったら きょうぼう。 にし へ いったら きょうぼう。 ひがし に いって も きょうぼう。
じゅうでん できたら きょうぼう。 Wi-Fi(わい ふぁい) つかんで きょうぼう。 でんぱ なく て も きょうぼう。 あめ が あがったら きょうぼう。

という こと で、 こうふ ちょくご の 6 がつ 24 にち、 ぼうしょ で ささやか な 「きょうぼうさい」 を もよおしました。
まつり と いって も ふえ や たいこ、 さけ や おでん や おしずし は ありません。
しかし、 わたしたち に は おのおの たくさん の 「はかりごと」 が あります。
それら を もちよって、 きょうぼう しました。

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《がぞう : はかりごと の かずかず》

ごしょ (きょうと ごしょ)、 だいにんき です ね。
ほか、 とまりこみ や てんじ など、 いろんな はかりごと が でて きました。
さんか した めんばー が さいきん き に なって いる こと など も しぇあ して、 やっぱり てんのうせい だめ だ よ ね、 って。
どれ から やるか、 どれ も やるか、 それ は また こんご という こと で。

みなさん、 きょうぼう しましょう!

5月28日デモ報告*5がつ28にち でも ほうこく

**ふたつめ は かんじ つかって いません**

 

はんにちわー。

528日(日)、この日の京都市は快晴の青空の下というデモ日和でしたので、10数人という大人数でまた繁華街を1時間かけてじっくりデモしました。

今回は序盤から警察が「はやく進みなさい!」「左に寄って!」とかなりガミガミうるさい!

私たちの耳元で叫んできたり、触ったりしてきてとてもとてもうっとうしいものでした。

そんなことされれば当然みんなで「自由なデモの邪魔をするな!」といつものように抗議です。

 

そんなときです。私たちのデモにむかって正面からドンドンと突き進んでいくひとがいるではないですか!おや?もしかして嬉しい飛び入り参加かしらと胸がおどるのもつかの間、わざと体当たりをされました!

この暴行に対して私たちは「何をするんだ!」と当然怒りますが、「迷惑なんじゃ!」と吐き捨てまた沿道に逃げていこうとします。

警察はデモに誘われていないにも関わらずいつも勝手についてきますが、百歩譲ってそれに少しでも根拠を与えるとするならば、まさにこんなふうに暴力をふるってくるものを抑えるためのはずです。

しかし、警察は暴力をふるってきたものを取り締まるどころか、あろうことか、暴力をふるった側に対して謝っていたのです!!!

今さら驚くようなことではないかもしれません。これまでも警察は右翼による暴力は恣意的に見逃して我々のような反日非国民に対しては非暴力の運動であっても弾圧してきたのですから。

しかし、だからといって到底許せることではありません。その場で参加者みなで「あいつを放っておいてデモを進めろとおかしいだろ!」「何のためにいるんだ!」と猛抗議です。

暴漢が離れても抗議を続ける私たちに警察は譲歩のつもりなのか「早く進みなさい!」から「ゆっくりでいいから進んでください」に変わりました(笑)。

ちっとも許してないですけどね。下京署には次の機会にはあらためて抗議したいと思います。

 

今回のスピーチもしっかりとがっていて熱のこもった力作です。当日、スピーチしながら自分で思わずめっちゃええこと言うやんって感動してました(笑)

そして恒例の5・7・5の俳句スタイルのシュプレヒコールデモが八坂神社に近づくと日の丸掲げる神社に向けて今回も怒涛の「日の丸を 焼こう 破こう 降ろそうよ!」コールラッシュでした。

ぜひ読んでください。

 

 

(スピーチ)

 

〜通りをご通行中のみなさん、こんにちわ。

これまで私たちは何度も繰り返しこうやってデモをしては毎回のように天皇制への反対を訴えたり、「日の丸を焼こう・破こう・折ろそうよ」と叫んだり、他にも殺人施設である入国管理局を潰すこと、あるいは日米安保体制を終わらせ米軍基地をなくし自衛隊という日本軍も解体すること、そして10年以上も続く朝鮮敵視政策をやめ植民地支配・侵略戦争責任を果たすこと等々を訴えてきました。

 

こんな私たちを反日非国民と呼ぶ人もいます。

その通り!正解です。

反日非国民なんです、私たち。

 

戦前の大日本帝国からちっともかわらない日本国なんか反対されて当然のものだし、外に向けては排外的で内に向けては国家のために殺し・死ぬという戦争主体として統合される「国民」だなんてまっぴらごめんです。

 

反日非国民の私たちは当然、共謀罪にも大反対です。これはひとの内心にまで立ち入って捜査対象とし、逮捕しようとするとんでもない弾圧法です。この共謀罪について政府はテロ対策が必要だからと言っていましたが、しかしここで言われる「テロ」とはなんでしょう?「テロリスト」とは誰のことでしょう?

 

安倍内閣が秘密法を成立させようとしていた当時、自民党幹事長であった石破茂は秘密法に反対するデモを「テロ行為」と呼びました。

その秘密法や戦争法と並んで、戦争にむけての弾圧法である共謀罪をまたもや強引に成立させようとするなかで、これに反対を叫びデモをする私たちは日本国にとって「テロリスト」でもあるかもしれません。

 

ということで街のみなさん、改めましてはんにちわ!

反日非国民の「テロリスト」集団です。

 

今日もこうやって必死に叫ぶ私たちのせいで車が思うように通れない、バスが遅れてしまう、ということもあるでしょう。

 

まぁ、私たちのデモという「テロ行為」ではせいぜいその程度の「迷惑」をかけるくらいしかできない、とも言えます。

だって本当は「テロリスト」の名に恥じないようもっともっと大きな「迷惑」をかけたいんですから。車やバスだけでなく、もっとたくさんのものをとめたい。この流れをとめたいんです。

 

なぜか。

 

1つに、アメリカとともに世界にまたがって戦争に参加し収奪と殺戮に加担する本当の意味においてテロ国家である日本社会をとめたいから。

 

2つに、朝鮮敵視政策によりいたずらに東アジアの緊張を高め、朝鮮人差別をはじめとした排外主義が蔓延る日本社会をとめたいから。

つい先日には名古屋で旧朝銀中部信用組合であるイオ信用組合に対して放火するというヘイトクライムが起きました。日本軍性奴隷制をめぐる問題で韓国に悪い感情を持っていたというのが理由とされています。

こんな日本社会をとめなければならない。

 

3つに、これまでもずっと被爆労働という犠牲を強いながら動かしてきた原発を、福島原発事故がいまだに収束していないにも関わらず、そして被災者・避難者への補償も不十分なまま、さらにまだまだ出続ける避難移住を保障する権利を訴える声を無視して川内、伊方に続いて517日に高浜原発を再稼働させた日本社会をとめたいから。

 

そして4つに、外国人居住者に対して都合の良いように使い捨ての労働力として搾取の限りを尽くし、用済みになれば拉致・拘禁し、暴力的に強制送還してきた法務省入国管理局を擁する日本社会をとめたいから。

不当にも滞在資格が与えられていない外国人居住者のうち入国管理局に収容されている人たちは、無期限の拘禁状態に置かれ、病気になっても適切な医療を受けることもできず、職員による威嚇、恐喝、暴力に晒され続けてきています。この虐待状況に対して東京入管に収容されている外国人居住者たちは最近まで二週間にもわたりハンガーストライキをもって待遇改善を訴えていました。最大70名が参加した生命をかけた抗議要望に対して東京入管はついに要望書を受け取ることすらせず今も状況はなにも改善されていません。

入管のなかで起きている虐待、殺人はほとんど報道されることもありません。どうか関心を持ち入管に抗議の声を届けてください。

 

他にもたくさんの理由があります。

 

そのために車が、バスが思うように進めなくなる、とまるこの瞬間・空間をどこまでも広げていきたいのです。

原発をとめ、死刑執行をとめ、入管による暴力をとめ、天皇制が続くのをとめ、日の丸が掲げられるのをとめ、流れてくる君が代をとめ、野宿者排除をとめ、排除の祭典であるオリンピックをとめ、米軍基地建設をとめ、そもそも米軍基地の根拠ともなる日米安保体制をとめ、朝鮮敵視政策をとめ、在日朝鮮人への差別政策をとめたいのです。

そして、みなさんの歩みをいったんとめて訴えを聞いて欲しいのです。

 

そのために私たちはこれからもどんどん共謀していきます。

沿道の皆さん、どうぞ共謀して私たちと一緒に歩きましょう!

 

シュプレヒコール

日の丸を 焼こう 破こう 降ろそうよ

君が代を 流すのやめろ 歌わんぞ

天皇制 差別の根源 なくそうよ

「陛下」とか 「様」「様」つけるの やめましょう

「国民」に 統合されるの 拒否しよう

ヤスクニは 軍事施設だ つぶそうよ

入管は 殺人施設だ つぶそうよ

米軍の 押しつけゆるさん 沖縄へ

米軍は 世界のどこにも いらないぞ

自衛隊 日本の軍隊 なくそうよ

朝鮮の 敵視をやめろ いますぐに

国籍で ひとの生き方 せばめるな

廃止しよう 差別を生み出す 戸籍制度

やめにしよう 排除の祭典 オリンピック

 

 

**かんじ つかって いません**

 

はん に ちわ ー。
5つき 28 ひ (ひ)、 この ひ の きょうとし は かいせい の あおぞら の もと という でも ひより でした ので、 10 すうにん という だいにんずう で また はんかがい を 1 じかん かけて じっくり でも しました。
こんかい は じょばん から けいさつ が 「はやく すすみなさい!」「ひだり に よって!」 と かなり がみがみ うるさい!
わたしたち の みみもと で さけんで きたり、 さわったり して きて とても とても うっとうしい もの でした。
そんな こと されれば とうぜん みんな で 「じゆう な でも の じゃま を するな!」 と いつも の よう に こうぎ です。

そんな とき です。 わたしたち の でも に むかって しょうめん から どんどん と つきすすんで いく ひと が いるで は ないです か!おや?もしかして うれしい とびいり さんか かしら と むね が おどる の も つかのま、 わざと からだ あたり を されました!
この ぼうこう にたいして わたしたち は 「なに を する ん だ!」 と とうぜん おこります が、 「めいわく な んじゃ!」 と はきすて また えんどう に にげて いこう と します。
けいさつ は でも に さそわれて いない に も かかわらず いつも かって に ついて きます が、 ひゃくほ ゆずって それ に すこし でも こんきょ を あたえると するなら ば、 まさに こんな ふう に ぼうりょく を ふるって くる もの を おさえる ため の はず です。
しかし、 けいさつ は ぼうりょく を ふるって きた もの を とりしまるどころか、 あろう こと か、 ぼうりょく を ふるったがわ にたいして あやまって いた の です!!!
いまさら おどろく よう な こと で は ない かも しれません。 これ まで も けいさつ は うよく による ぼうりょく は しいてき に みのがして われわれ の よう な はんにち ひこくみん にたいして は ひぼうりょく の うんどう であっ て も だんあつ して きた の です から。
しかし、 だからといって とうてい ゆるせる こと で は ありません。 その ば で さんかしゃ みな で 「あいつ を はなって おいて でも を すすめろと おかしいだろ!」「なに の ため に いる ん だ!」 と もうこうぎ です。
ぼうかん が はなれて も こうぎ を つづける わたしたち に けいさつ は じょうほ の つもり な の か 「はやく すすみなさい!」 から 「ゆっくり で いい から すすんで ください」 に かわりました (えみ)。
ちっとも ゆるしてないです けど ね。 しもぎょうしょ に は つぎ の きかい に は あらためて こうぎ したい と おもいます。

こんかい の すぴーち も しっかり とがって いて ねつ の こもった りきさく です。 とうじつ、 すぴーち しながら じぶん で おもわず めっちゃ ええ こと いうやん って かんどう して ました (えみ)
そして こうれい の 5 ・ 7 ・ 5 の はいく すたいる の しゅぷれひこーる。 でも が やさかじんじゃ に ちかづくと ひのまる かかげる じんじゃ に むけて こんかい も どとう の 「ひのまる を   やこう   やぶこう   おろそう よ!」 こーる らっしゅ でした。
ぜひ よんで ください。

(すぴーち)

〜とおり を ごつうこうちゅう の みなさん、 こんにちわ。
これ まで わたしたち は なんど も くりかえし こう やって でも を して は まいかい の よう に てんのうせい へ の はんたい を うったえたり、 「ひのまる を やこう ・ やぶこう ・ おろ そう よ」 と さけんだり、 た に も さつじん しせつ である にゅうこく かんりきょく を つぶす こと、 あるいは にち べい あんぽ たいせい を おわらせ べいぐん きち を なくし じえいたい という にっぽんぐん も かいたい する こと、 そして 10 とし いじょう も つづく ちょうせん てきし せいさく を やめ しょくみんち しはい ・ しんりゃく せんそう せきにん を はたす こと とうとう を うったえて きました。

こんな わたしたち を はんにち ひこくみん と よぶ ひと も います。
その とおり!せいかい です。
はんにち ひこくみん な ん です、 わたしたち。

せんぜん の だいにっぽんていこく から ちっとも かわらない ひ ほんごく なんか はんたい されて とうぜん の もの だ し、 そと に むけて は はいがいてき で うち に むけて は こっか の ため に ころし ・ しぬという せんそう しゅたい として とうごう される 「こくみん」 だ なんて まっぴら ごめん です。

はんにち ひこくみん の わたしたち は とうぜん、 きょうぼうざい に も だいはんたい です。 これ は ひと の ないしん に まで たちいって そうさ たいしょう と し、 たいほ しよう と する とんでも ない だんあつほう です。 この きょうぼうざい について せいふ は てろ たいさく が ひつよう だ から と いって いました が、 しかし ここ で いわれる 「てろ」 と は なん でしょう?「てろりすと」 と は だれ の こと でしょう?

あべ ないかく が ひみつほう を せいりつ させよう と して いた とうじ、 じみんとう かんじちょう であった いしば しげる は ひみつほう に はんたい する でも を 「てろ こうい」 と よびました。
その ひみつほう や せんそうほう と ならんで、 せんそう に むけて の だんあつほう である きょうぼうざい を またもや ごういん に せいりつ させよう と する なか で、 これ に はんたい を さけび でも を する わたしたち は にっぽんこく にとって 「てろりすと」 でも あるかも しれません。

という こと で まち の みなさん、 あらためまし てはん に ちわ!
はんにち ひこくみん の 「てろりすと」 しゅうだん です。

きょう も こう やって ひっし に さけぶ わたしたち の せい で くるま が おもう よう に とおれない、 ばす が おくれて しまう、 という こと も あるでしょう。

まぁ、 わたしたち の でも という 「てろ こうい」 では せいぜい その ていど の 「めいわく」 を かけるくらい しか できない、 と も いえます。
だって ほんとうは 「てろりすと」 の な に はじない よう もっと もっと おおきな 「めいわく」 を かけたい ん です から。 くるま や ばす だけ でなく、 もっと たくさん の もの を とめたい。 この ながれ を とめたい ん です。

なぜ か。

1つ に、 あめりか とともに せかい に またがって せんそう に さんか し しゅうだつ と さつりく に かたん する ほんとう の いみ において てろ こっか である にっぽん しゃかい を とめたい から。

2つ に、 ちょうせん てきし せいさく により いたずら に ひがしあじあ の きんちょう を たかめ、 ちょうせんじん さべつ を はじめ と した はいがい しゅぎ が はびこる にっぽん しゃかい を とめたい から。
つい せんじつ に は なごや で きゅうあさ ぎん ちゅうぶ しんようくみあい である いお しんようくみあい にたいして ほうか するという へいとくらいむ が おきました。 にっぽんぐんせい どれいせい を めぐる もんだい で かんこく に わるい かんじょう を もって いた という の が りゆう と されて います。
こんな にっぽん しゃかい を とめなけれ ば ならない。

3つ に、 これ まで も ずっと ひばく ろうどう という ぎせい を つよい ながら うごかして きた げんぱつ を、 ふくしま げんぱつ じこ が いまだに しゅうそく して いない に も かかわらず、 そして ひさいしゃ ・ ひなんしゃ へ の ほしょう も ふじゅうぶん な まま、 さらに まだまだ でつづける ひなん いじゅう を ほしょう する けんり を うったえる こえ を むし して せんだい、 いかた に つづいて 5 つき 17 ひ に たかはまげんぱつ を さいかどう させた にっぽん しゃかい を とめたい から。

そして 4 つ に、 がいこくじん きょじゅうしゃ にたいして つごう の よい よう に つかいすて の ろうどうりょく として さくしゅ の かぎり を つくし、 ようずみ に なれば らち ・ こうきん し、 ぼうりょくてき に きょうせい そうかん して きた ほうむしょう にゅうこく かんりきょく を ようする にっぽん しゃかい を とめたい から。
ふとう に も たいざい しかく が あたえられて いない がいこくじん きょじゅうしゃ の うち にゅうこく かんりきょく に しゅうよう されて いる ひとたち は、 むきげん の こうきん じょうたい に おかれ、 びょうき に なって も てきせつ な いりょう を うける こと も できず、 しょくいん による いかく、 きょうかつ、 ぼうりょく に さらされつづけて きて います。 この ぎゃくたい じょうきょう にたいして とうきょう にゅうかん に しゅうよう されて いる がいこくじん きょじゅうしゃたち は さいきん まで にしゅうかん に も わたり はんがーすとらいき を もって たいぐう かいぜん を うったえて いました。 さいだい 70 な が さんか した せいめい を かけた こうぎ ようぼう にたいして とうきょう にゅうかん は ついに ようぼうしょ を うけとる こと すら せず いま も じょうきょう は なに も かいぜん されて いません。
にゅうかん の なか で おきて いる ぎゃくたい、 さつじん は ほとんど ほうどう される こと も ありません。 どうか かんしん を もち にゅうかん に こうぎ の こえ を とどけて ください。

た に も たくさん の りゆう が あります。

その ため に くるま が、 ばす が おもう よう に すすめなく なる、 とまる この しゅんかん ・ くうかん を どこ まで も ひろげて いきたい の です。
げんぱつ を とめ、 しけい しっこう を とめ、 にゅうかん による ぼうりょく を とめ、 てんのうせい が つづく の を とめ、 ひのまる が かかげられる の を とめ、 ながれて くる きみがよ を とめ、 のじゅくしゃ はいじょ を とめ、 はいじょ の さいてん である おりんぴっく を とめ、 べいぐん きち けんせつ を とめ、 そもそも べいぐん きち の こんきょ と も なる にち べい あんぽ たいせい を とめ、 ちょうせん てきし せいさく を とめ、 ざいにち ちょうせんじん へ の さべつ せいさく を とめたい の です。
そして、 みなさん の あゆみ を いったん とめて うったえ を きいて ほしい の です。

その ため に わたしたち は これから も どんどん きょうぼう して いきます。
えんどう の みなさん、 どうぞ きょうぼう して わたしたち と いっしょ に あるきましょう!

(しゅぷれひこーる)
ひのまる を   やこう   やぶこう   おろそう よ
きみがよ を   ながす の やめろ   うたわん ぞ
てんのうせい   さべつ の こんげん   なくそう よ
「へいか」 とか  「よう」「よう」 つけるの   やめましょう
「こくみん」 に   とうごう される の   きょひ しよう
やす くに は   ぐんじ しせつ だ   つぶそう よ
にゅうかん は   さつじん しせつ だ   つぶそう よ
べいぐん の   おしつけ ゆるさん   おきなわ へ
べいぐん は   せかい の どこ に も   いらない ぞ
じえいたい   にっぽん の ぐんたい   なくそう よ
ちょうせん の   てきし を やめろ   いま すぐ に
こくせき で   ひと の いきかた   せばめるな
はいし しよう   さべつ を うみだす   こせき せいど
やめ に しよう   はいじょ の さいてん   おりんぴっく

 

4月22日デモ報告*4がつ22にち でも ほうこく

**2つめは かんじ なし**
 
はんにちわ~。
 
さくらの季節がほぼ終わって、さわやかな風がほほにここちよい4月22日に、デモをしましたよ。
この日はお天気もよくて、まさに絶好のデモびより!
風にさそわれて、普段の約3倍、総勢17名のみなさんが集まってくれました。
ルートはいつもと同じですが、観光シーズンだからでしょうか、沿道を歩く人はいつもより多いような気がします。
そこへまっすぐ
日本政府こそアメリカに追随して世界中で恫喝と殺戮を繰り返している側」
「日本はずっと朝鮮や中国からの「脅威」をいたずらに喧伝してきました」
10年間以上も日本では朝鮮敵視という立場においては与党も野党もなく、翼賛の状態である」
「日本は…米軍とともに再び朝鮮侵略をしていく」
朝鮮学校。その経緯を考えれば、本来ならば戦後補償の一環として、日本国から助成があるべき」
民族教育弾圧に抵抗する当時16歳だった朝鮮人生徒を日本の警察は射ち殺しました」
という言葉を投げかけます。(スピーチ全文は下の方にあります)
 
沿道を歩いているみなさんの多くにとっては、意外な言葉だったかもしれません。
だって、毎日毎日テレビをつければ、あの公共放送でも「北朝鮮がミサイル撃ってきたら…」ですもんね。でも、そんな風に朝鮮を「悪魔化」することで、日本が成したいことと、なかったことにしたいことがあるのです。この国が、朝鮮半島に住む人たちや、日本に住む朝鮮人たちを痛めつけてきた過去と、これまでを、繰り返してはいけません。人びとがそれを忘れ去ろうとするなら、私たちはこれからも路上から投げかけます。
 
 
 
 
日の丸を 焼こう やぶこう 降ろそうよ!
 
君が代」を 流すのやめろ 歌わんぞ!
 
廃止しよう 差別の根源 天皇制!
 
「陛下」とか 「様」「様」つけるの やめましょう!
 
「国民」に 統合されるの 拒否しよう!
 
ヤスクニは 軍事施設だ つぶそうよ!
 
入管は 殺人施設だ つぶそうよ!
 
米軍の 押しつけ許さん 沖縄へ!
 
米軍は 世界のどこにも いらないぞ!
 
自衛隊 日本の軍隊 なくそうよ!
 
朝鮮の 敵視をやめろ 今すぐに!
 
国籍で ひとの生き方 せばめるな!
 
廃止しよう 差別を生み出す 戸籍制度!
 
やめにしよう 排除の祭典 オリンピック!
 
警察は 自由なデモの じゃまするな!

 

 
 
 
……あれほどざわついていた繁華街が、一瞬静まり返り、
交差点の信号のピポ、ピポ、という誘導音だけが響きます。
そんなに意外でしたか。言葉をなくすほど「まずい」こと言いましたか。
これらのコールが「なに当たり前のこと言ってるねん」になるまで
私たちは叫び続けるでしょう。
 
 
<スピーチ全文>
 
目下、日本政府は「テロ対策」として、ひとの内心にまで踏み込んで捜査対象とし逮捕していかんとす弾圧法である共謀罪の成立に向けて躍起になっています。
「テロ対策」といいますが、そもそも日本政府こそアメリカに追随して世界中で恫喝と殺戮を繰り返している側ではありませんか。
今や政府が秘密法も戦争法も成立させ、そして共謀罪をも手中に収めようとするこの恐ろしい時代にあって私たちがなさなければならないことは既に起きている弾圧に対して断固として抵抗していくことです。
先月、東京都渋谷区は宮下公園を強制封鎖し、そこを生活の場にしていた野宿者を追い出しました。生きる場を奪うこの暴挙に対して駆けつけた支援者のひとりはその場で拘束され渋谷署で人権無視の環境に拘禁されることになりました。しかも、その後、拘留期限により解放となった途端に4ヶ月も前の別件をでっち上げ再逮捕、浅草署に移送し拘束したのです。幸いつい先日に解放されましたがこのような行政、警察、検察、そして裁判所が一体となった暴挙に対して私たちは本気で怒り抗議を続けていかなければならないし、それは新たな弾圧法に対しても牽制になります。
どうか、この宮下公園弾圧に対して関心を持ち、終わったことにせず抗議の声を広めてください。そしてこれが私たちの生存権をめぐる闘いでもあることを忘れないでください。
そして、共謀罪を含めて戦争体制を築き上げんとするため日本はずっと朝鮮や中国からの「脅威」をいたずらに喧伝してきました。
その朝鮮半島を取り巻く情勢は緊張を高めていますが、その原因は日本を含めて朝鮮を悪魔化してきた側にこそあります。3月に始まり今月末まで続く米韓合同軍事演習は30万名を超える史上最大規模でなされ、その内容においてもまさに戦争演習そのものであり、それ自体が朝鮮に対して与えた脅威は想像を絶するものがあります。日本では朝鮮の弾道ミサイルが怖いとか、そういう報道しかされませんが、圧倒的に非均衡な軍事的圧力を受けているのは朝鮮であり、与えている側には日本も入っているということを忘れてはいけまけせん。たとえば、この戦争演習に使用される戦闘機は沖縄の嘉手納基地から飛びたっています。日米安保のもと加担しているのです。
もちろんそれだけではありません。日米合同軍事演習における直接的な武力圧力を繰り返すとともに、つい先日4月7日には日本政府は、朝鮮に対する独自制裁をさらに2年間延長することを閣議決定しています。2006年に始まった日本の独自制裁はもう11年にもなります。この間、制裁の内容はより厳しくされていき多くの在日朝鮮人が弾圧されてきました。朝鮮人には法を厳格適用するという当時の警察庁長官の言葉もあります。平等な適用ではなく、朝鮮人には厳格に適用してやるという脅しです。
朝鮮制裁はその期間も最初は半年間の延長を繰り返していたものが、1年間へと延び、それもさらに伸びて現在のように2年間の延長となっています。
このような制裁そのもの、そしてその強化に反対する日本の国会議員は誰1人としていたことはありませんでした。
10年間以上も日本では朝鮮敵視という立場においては与党も野党もなく、翼賛の状態であるということです。いくら野党共闘して安倍を倒すと叫べど、「共通の敵」を創るというマインドそのものは共有されてしまっているので、これでは平和への道を切り開くことはできません。
そして今や、アメリカは朝鮮に対する先制攻撃の可能性まで主張しています。つい最近、アフガニスタンに対して核兵器を除いたなかで最大の破壊力を有すためにこれまで一度も実戦で使用されたことのなかった、GBU-43と呼ばれる爆弾を投下したアメリカです。投下した地点の半径1マイルという爆風に晒されるエリアには10万人近くのひとびとが住んでいるにもかかわらずです。また、シリアに対しては59発ものミサイルを撃ち込みました。民間人の死傷者も出しているこのアメリカの攻撃を安倍晋三は「支持する」と述べました。
このような状況にあるがために、一方的な朝鮮悪魔化とあまりに非均衡な軍事的圧力の行きつく先として本当に朝鮮に対する先制攻撃が起きてしまうのではないか、という悪夢に心底恐怖をおぼえています。そしてそんな悪夢が現実になってしまったとしたら、日本は間違いなくそれを積極支持し米軍とともに再び朝鮮侵略をしていくという確信があります。
朝鮮に対する敵視政策は日本国内に住む在日朝鮮人への差別としてもあらわれます。それはたとえば、総連に対する数重なる政治弾圧に、また朝鮮学校に対する差別にあらわれています。
民族差別といえばヘイトスピーチの問題が多く取り上げられるようになりましたが、このようなヘイトを生みだしている根本として上からの排外主義があることを決して忘れないでください。
朝鮮学校は高校無償化からずっと除外され続けています。国家レベルの差別です。これが地方に対する排外主義のメッセージとなり各都道府県の自治体が拠出していた朝鮮学校への補助金が、近年どんどんと支給されなくなっています。昨年、当時の文部科学大臣馳浩(はせ ひろし)が、都道府県へ向けて「朝鮮学校に係る補助金交付に関する留意点」という通知を出しています。「適正かつ透明性のある執行の確保」などと言っていますが、自粛しろという圧力にほかなりません。その結果、2016年度に予算計上していたにもかかわらず補助金を交付しなかった自治体が5件あり、そのうち3件はこの通知が交付を取りやめた理由であることが分かっています。また群馬県に関しては、2017年度の交付について、拉致問題を教科書に記載することを補助金支給の要件として出しています。このような教育内容への介入が許されてよいのでしょうか。
みなさま、そもそも、なぜ朝鮮学校が日本にあるのか考えたことがありますでしょうか。日本による朝鮮への侵略・植民地支配によって、無理やり日本に連れてこられた、あるいは経済的な理由などにより来ざるを得なかった朝鮮人たちが、民族の言葉や歴史を学ばせたい、という理由で始まった朝鮮学校。その経緯を考えれば、本来ならば戦後補償の一環として、日本国から助成があるべきなのです。それどころか、必死で勝ち取ってきた自治体からの補助金さえも奪おうとしています。言うまでもなく、これでは十分な教育環境が整いません。実際、多くの朝鮮学校には保健室がありません。そのようななかでの民族教育が強いられていること、これが民族差別でなくてなんですか。
奇しくも69年前のちょうどこの時期です。日本政府は朝鮮学校閉鎖令などを通して、暴力的に朝鮮学校を潰していきました。民族教育弾圧に抵抗する当時16歳だった朝鮮人生徒を日本の警察は射ち殺しました。4.24阪神教育闘争です。
 
そのときから、その前からも、そして今もずっと私たちは平和と平等を求めて声をあげつづけています。
志あるみなさんもどうぞ一緒に歩きましょう!

 

 
**かんじ つかって いません**
 
はん に ちわ ~。

さくら の きせつ が ほぼ おわって、 さわやか な かぜ が ほほ に ここちよい 4 つき 22 ひ に、 でも を しました よ。
この ひ は おてんき も よく て、 まさに ぜっこう の でも びより!
かぜ に さそわれて、 ふだん の やく 3 ばい、 そうぜい 17 な の みなさん が あつまって くれました。
るーと は いつも と おなじ です が、 かんこう しーずん だ から でしょう か、 えんどう を あるく ひと は いつも より おおい よう な き が します。
そこ へ まっすぐ
「にっぽん せいふ こそ あめりか に ついずい して せかいじゅう で どうかつ と さつりく を くりかえして いる がわ」
「にっぽん は ずっと ちょうせん や ちゅうごく から の 「きょうい」 を いたずら に けんでん して きました」
「10ねんかん いじょう も にっぽん で は ちょうせん てきし という たちば において は よとう も やとう も なく、 よくさん の じょうたい である」
「にっぽん は … べいぐん とともに ふたたび ちょうせん しんりゃく を して いく」
「ちょうせん がっこう。 その けいい を かんがえれば、 ほんらい なら ば せんご ほしょう の いっかん として、 にっぽんこく から じょせい が あるべき」
「みんぞく きょういく だんあつ に ていこう する とうじ 16 とし だった ちょうせんじん せいと を にっぽん の けいさつ は うちころしました」
という ことば を なげかけます。 (すぴーち ぜんぶん は した の ほう に あります)

えんどう を あるいて いる みなさん の おおく にとって は、 いがい な ことば だった かも しれません。
だって、 まいにち まいにちてれび を つければ、 あの こうきょう ほうそう で も 「きたちょうせん が みさいる うって きたら …」 です もん ね。 でも、 そんな かぜ に ちょうせん を 「あくまか」 する こと で、 にっぽん が なしたい こと と、 なかっ た こと に したい こと が ある の です。 この くに が、 ちょうせんはんとう に すむ ひとたち や、 にっぽん に すむ ちょうせんじんたち を いためつけて きた かこ と、 これ まで を、 くりかえして は いけません。 ひとびと が それ を わすれさろう と するなら、 わたしたち は これから も ろじょう から なげかけます。
 
<しゅぷれひこーる>

ひのまる を   やこう   やぶこう   おろそう よ!

「きみがよ」 を   ながす の やめろ   うたわん ぞ!

はいし しよう   さべつ の こんげん   てんのうせい!

「へいか」 とか  「よう」「よう」 つけるの   やめましょう!

「こくみん」 に   とうごう される の   きょひ しよう!

やす くに は   ぐんじ しせつ だ   つぶそう よ!

にゅうかん は   さつじん しせつ だ   つぶそう よ!

べいぐん の   おしつけ ゆるさん   おきなわ へ!

べいぐん は   せかい の どこ に も   いらない ぞ!

じえいたい   にっぽん の ぐんたい   なくそう よ!

ちょうせん の   てきし を やめろ   いま すぐ に!

こくせき で   ひと の いきかた   せばめるな!

はいし しよう   さべつ を うみだす   こせき せいど!

やめ に しよう   はいじょ の さいてん   おりんぴっく!

けいさつ は   じゆう な でも の   じゃ まするな!

 あれ ほど ざわついて いた はんかがい が、 いっしゅん しずまりかえり、 
こうさてん の しんごう の ぴぽ、 ぴぽ、 という ゆうどうおん だけ が ひびきます。
そんなに いがい でした か。 ことば を なくすほど 「まずい」 こ と いいました か。
これら の こーる が 「なに あたりまえ の こと いってるねん」 に なるまで
わたしたち は さけびつづけるでしょう。
<すぴーち ぜんぶん>

もっか、 にっぽん せいふ は 「てろ たいさく」 として、 ひと の ないしん に まで ふみこんで そうさ たいしょう と し たいほ して いかん と すだんあつほう である きょうぼうざい の せいりつ に むけて やっき に なって います。
「てろ たいさく」 と いいます が、 そもそも にっぽん せいふ こそ あめりか に ついずい して せかいじゅう で どうかつ と さつりく を くりかえして いる がわ で は ありません か。
いまや せいふ が ひみつほう も せんそうほう も せいりつ させ、 そして きょうぼうざい を も しゅちゅう に おさめよう と する この おそろしい じだい に あって、 わたしたち が なさなけれ ば ならない こと は すでに おきて いる だんあつ にたいして だんこ として ていこう して いく こと です。
せんげつ、 とうきょうと しぶやく は みやした こうえん を きょうせい ふうさ し、 そこ を せいかつ の ば に して いた のじゅくしゃ を おいだしました。 いきる ば を うばう この ぼうきょ にたいして かけつけた しえんしゃ の ひとり は その ば で こうそく され しぶやしょ で じんけん むし の かんきょう に こうきん される こと に なりました。 しかも、 そのご、 こうりゅう きげん により かいほう と なった とたん に 4 かげつ も まえ の べっけん を でっちあげ さいたいほ、 あさくさしょ に いそう し こうそく した の です。 さいわい つい せんじつ に かいほう されました が この よう な ぎょうせい、 けいさつ、 けんさつ、 そして さいばんしょ が いったい と なった ぼうきょ にたいして わたしたち は ほんき で いかり こうぎ を つづけて いかなけれ ば ならない し、 それ は あらた な だんあつほう にたいして も けんせい に なります。
どう か、 この みやした こうえん だんあつ にたいして かんしん を もち、 おわった こと に せず こうぎ の こえ を ひろめて ください。 そして これ が わたしたち の せいぞんけん を めぐる たたかい で も ある こと を わすれない で ください。
そして、 きょうぼうざい を ふくめて せんそう たいせい を きずきあげんと する ため にっぽん は ずっと ちょうせん や ちゅうごく から の 「きょうい」 を いたずら に けんでん して きました。
その ちょうせんはんとう を とりまく じょうせい は きんちょう を たかめて います が、 その げんいん は にっぽん を ふくめて ちょうせん を あくまか して きたがわ に こそ あります。 3 つき に はじまり こんげつまつ まで つづく べい かん ごうどう ぐんじ えんしゅう は 30 まんめい を こえる しじょう さいだい きぼ で なされ、 その ないよう において も まさに せんそう えんしゅう そのもの であり、 それ じたい が ちょうせん にたいして あたえた きょうい は そうぞう を ぜっする もの が あります。 にっぽん で は ちょうせん の だんどう みさいる が こわい とか、 そういう ほうどう しか されません が、 あっとうてき に ひきんこう な ぐんじてき あつりょく を うけて いる の は ちょうせん であり、 あたえて いる がわ に は にっぽん も はいって いるという こと を わすれて は いけまけせん。 たとえば、 この せんそう えんしゅう に しよう される せんとうき は おきなわ の かでな きち から とびたって います。 にち べい あんぽ の もとかたん して いる の です。
もちろん それ だけ で は ありません。 にち べい ごうどう ぐんじ えんしゅう における ちょくせつてき な ぶりょく あつりょく を くりかえすとともに、 つい せんじつ 4 つき 7 ひ に は にっぽん せいふ は、 ちょうせん にたいする どくじ せいさい を さらに 2 ねんかん えんちょう する こと を かくぎ けってい して います。 2006 とし に はじまった にっぽん の どくじ せいさい は もう 11 とし に も なります。 このかん、 せいさい の ないよう は より きびしく されて いき おおく の ざいにち ちょうせんじん が だんあつ されて きました。 ちょうせんじん に は ほう を げんかく てきよう するという とうじ の けいさつちょう ちょうかん の ことば も あります。 びょうどう な てきよう で は なく、 ちょうせんじん に は げんかく に てきよう して やるという おどしです。
ちょうせん せいさい は その きかん も さいしょ は はんとしかん の えんちょう を くりかえして いた もの が、 1 ねんかん へ と のび、 それ も さらに のびて げんざい の よう に 2 ねんかん の えんちょう と なって います。
この よう な せいさい そのもの、 そして その きょうか に はんたい する にっぽん の こっかい ぎいん は だれ 1 ひと と して いた こと は ありませんでした。
10ねんかん いじょう も にっぽん で は ちょうせん てきし という たちば において は よとう も やとう も なく、 よくさん の じょうたい である という こと です。 いくら やとう きょうとう して あべ を たおすと さけべど、 「きょうつう の てき」 を つくるという まいんど そのもの は きょうゆう されて しまって いるので、 これ で は へいわ へ の みち を きりひらく こと は できません。
そして いまや、 あめりか は ちょうせん にたいする せんせい こうげき の かのうせい まで しゅちょう して います。 つい さいきん、 あふがにすたん にたいして かくへいき を のぞいた なか で さいだい の はかいりょく を ゆうす ため に これ まで いちど も じっせん で しよう された こと の なかっ た、 GBU-43 と よばれる ばくだん を とうか した あめりか です。 とうか した ちてん の はんけい 1 まいる という ばくふう に さらされる えりあ に は 10 まんにん ちかく の ひとびとが すんで いるに も かかわらずです。 また、 しりあ にたいして は 59 はつ も の みさいる を うちこみました。 みんかんじん の ししょうしゃ も だして いる この あめりか の こうげき を あべ すすむ さん は 「しじ する」 と のべました。
この よう な じょうきょう に あるが ため に、 いっぽうてき な ちょうせん あくまか と あまりに ひきんこう な ぐんじてき あつりょく の いきつく さき として ほんとうに ちょうせん にたいする せんせい こうげき が おきて しまう の で は ない か、 という あくむ に しんそこ きょうふ を おぼえて います。 そして そんな あくむ が げんじつ に なって しまった と したら、 にっぽん は まちがい なく それ を せっきょく しじ し べいぐん とともに ふたたび ちょうせん しんりゃく を して いくという かくしん が あります。
ちょうせん にたいする てきし せいさく は にっぽん こくない に すむ ざいにち ちょうせんじん へ の さべつ として も あらわれます。 それ は たとえば、 そうれん にたいする すうじゅう なる せいじ だんあつ に、 また ちょうせん がっこう にたいする さべつ に あらわれて います。
みんぞく さべつ と いえば へいとすぴーち の もんだい が おおく とりあげられる よう に なりました が、 この よう な へいと を うみだして いる こんぽん として うえ から の はいがい しゅぎ が ある こと を けっして わすれない で ください。
ちょうせん がっこう は こうこう むしょうか から ずっと じょがい されつづけて います。 こっか れべる の さべつ です。 これ が ちほう にたいする はいがい しゅぎ の めっせーじ と なり かくとどうふけん の じちたい が きょしゅつ して いた ちょうせん がっこう へ の ほじょきん が、 きんねん どんどん と しきゅう されなく なって います。 さくねん、 とうじ の もんぶ かがく だいじん、 馳浩 (はせ   ひろし) が、 とどうふけん へ むけて 「ちょうせん がっこう に かかる ほじょきん こうふ にかんする りゅういてん」 という つうち を だして います。 「てきせい かつ とうめいせい の ある しっこう の かくほ」 など と いって います が、 じしゅく しろという あつりょく に ほかなりません。 その けっか、 2016 ねんど に よさん けいじょう して いた に も かかわらず ほじょきん を こうふ しなかった じちたい が 5 けん あり、 その うち 3 けん は この つうち が こうふ を とりやめた りゆう である こと が わかって います。 また ぐんまけん にかんして は、 2017 ねんど の こうふ について、 らち もんだい を きょうかしょ に きさい する こと を ほじょきん しきゅう の ようけん として だして います。 この よう な きょういく ないよう へ の かいにゅう が ゆるされて よい の でしょう か。
みなさま、 そもそも、 なぜ ちょうせん がっこう が にっぽん に ある の か かんがえた こと が ありますでしょう か。 にっぽん による ちょうせん へ の しんりゃく ・ しょくみんち しはい によって、 むりやり にっぽん に つれて こられた、 あるいは けいざいてき な りゆう など により こざる を えなかった ちょうせんじんたち が、 みんぞく の ことば や れきし を まなばせたい、 という りゆう で はじまった ちょうせん がっこう。 その けいい を かんがえれば、 ほんらい なら ば せんご ほしょう の いっかん として、 にっぽんこく から じょせい が あるべきな の です。 それどころか、 ひっし で かちとって きた じちたい から の ほじょきん さえ も うばおう と して います。 いうまでもなく、 これ で は じゅうぶん な きょういく かんきょう が ととのいません。 じっさい、 おおく の ちょうせん がっこう に は ほけんしつ が ありません。 その よう な なか で の みんぞく きょういく が しいられて いる こと、 これ が みんぞく さべつ でなく て なん です か。
くしくも 69 とし まえ の ちょうど この じき です。 にっぽん せいふ は ちょうせん がっこう へいされい など をとおして、 ぼうりょくてき に ちょうせん がっこう を つぶして いきました。 みんぞく きょういく だんあつ に ていこう する とうじ 16 とし だった ちょうせんじん せいと を にっぽん の けいさつ は うちころしました。 4.24 はんしん きょういく とうそう です。

その とき から、 その まえ から も、 そして いま も ずっと わたしたち は へいわ と びょうどう を もとめて こえ を あげつづけて います。
こころざし ある みなさん も どうぞ いっしょ に あるきましょう!