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10.29 デモほうこく♪

はんにちわ!

京都はやっと長い長い夏が終わったようで、一気に秋めいてきました。秋晴れのもと、といいたいところですが、あいにくの曇天のもと、

ひさしぶりにデモってきました。

集合場所にあつまった人数はなんと500人の100分の1!

(途中から100人の100分の1参加してくれました)
まあぶっちゃけ5人、途中から1人増えて6人で、いつもの
三条大橋西詰→河原町通四条通円山公園というルートを進みました。

ざっと見てデモ隊の倍の人数の警官が頼んでもないのに見守る中スタート。

今回は、そこに住む多くの人がはっきりと反対の意思を示しているにもかかわらず、国が工事を強行している、沖縄県、東村高江で起きていることについて、スピーチをしました。

<スピーチ原稿>

さて、肌寒くなりましたが街頭のみなさん、いかがお過ごしでしょうか?

世間では「運動の秋」などとも言われたりしておりますので、みなでできる運動としてデモを企画してみました。みなさん、カモン!

さて、今日は沖縄の高江というところで起きていることについてお話することから始めさせてもらおうかと思います。
沖縄県の東村高江という地名をテレビや新聞を通して見聞きする機会もようやく増えてきたと思います。
そこでは住民の意思を無視して政府が米軍のヘリパッド建設を強行しています。
これまで地元住民、沖縄県民は何度も「米軍基地はいらない」との民意を繰り返し示してきました。7月10日になされた参議院選挙においても沖縄県はあらためて基地に反対する民意を示したにもかかわらず、日本政府はよりにもよってそれから一夜あけた7月11日の、それも早朝午前6時という抗議にかけつけにくい時間帯をねらって、機動隊約100名、民間警備員約20名を配備してヘリパッド建設の準備作業にとりかかるという暴挙に出たのです。
そして7月22日には、なんと全国から集められた機動隊、その数500とも600名をも動員し、抗議の座り込みをする市民を暴力的に排除しました。機動隊により首をしめられてひと、車の上から叩き落とされたひとらが続出し、3名が救急搬送されるほどにそれは剥き出しの暴力でした。
それから3ヶ月が経つ今も日本政府は工事を強行し続け、地元の人びとが望む高江での静かな生活、豊かな自然はまさに刻々と破壊されているさなかにあります。
全国からの機動隊による暴力は
おさまるところをしりません。
この3ヶ月の間だけでも高江ではつぎつぎと不当逮捕が続いています。
それらのほとんどが起訴するだけの証拠も、根拠もなく、即日釈放するほかないことからも、これらが抗議行動に対する嫌がらせ目的の弾圧であることは明らかです。
そのようななかで起こったのが、みなさんも既にご存知かと思いますが、大阪府警による「土人」「シナ人」発言です。
これは大阪府警が沖縄の地元住民、抗議する市民を対等な存在としてみなしておらず、差別意識をもってまなざしていることが顕在化されているのであり、またそこには中国人に対する蔑視も露骨にあらわれています。
大阪府警によるこのような酷い沖縄・中国への差別発言に対して、松井大阪府知事は責任を追求するどころか、あろうことか「ごくろうさま」とねぎらいの言葉をかけるなどして擁護する姿勢を示しました。
私たちはこのような差別機動隊と差別知事を絶対に許すことはできません。
全国の機動隊は沖縄から戻ってこい!
京都府警も高江での弾圧の加勢に行くな、戻ってこい!

 

シュプレヒコールは、いつもの五七五をちょっとアレンジ。

<吟じ>
ひのまるをー やこう やぶこう おろそうよー
きみがよをー ながすのやめろ うたわんぞー
てんのうせい さべつのこんげん なくそうよー
やすくにはー ぐんじしせつだ つぶそうよー
にゅうかんはー さつじんしせつだ つぶそうよー
べいぐんのー おしつけゆるさん おきなわへー
けいさつはー さべつはつげん しゃざいしろー
じえいたい にほんのぐんたい なくそうよー
ちょうせんのー てきしをやめろ いますぐにー
こくせきでー ひとのいきかた せばめるなー
はいししよー さべつをうみだす こせきせいど
やめにしよー はいじょのさいてん オリンピック

沿道は、これまでよりも観光客が多い感じ。その観光客のみなさんが、
わたしたちのデモに、とても興味しんしんな視線を投げてきます。
自衛隊いらない」「天皇制やめろ」「日の丸おろせ」「君が代歌うな」
昨今、こういう主張を、はっきりと大きな声で聴く機会は、
どんどん減ってきているように思います。
でも、だからこそ、たとえ6人でも、もっと少なくなっても、
わたしたちは言い続けたいと思います。
自衛隊天皇制や日の丸や君が代を、「それはあってもいい…」と
片手に大事に持ったまま叫ぶ「戦争反対」や「平和」や「差別反対」は、
結局「日本は殺すことをやめません」を言ってるのとかわりありません。

戦後からでも71年もたっちゃって、遅すぎるといえば遅すぎますが、
はじめなければゼロどころかもっと悪くなってしまう。
あらためて、日本が朝鮮や中国やほかの国に対してやったこと、やり続けてきたことを考え、
真に人権をまもり、まもらせる社会のために、何が必要で、何をなくさなければならないか、
声に出して、伝えていくことが大事だなあと
秋風の中、しみじみ感じたデモでした。

んのはちぶきゅうふ


**************************************

はんにちわ!

きょうとは やっと ながいながい なつが おわったようで、いっきに あきめいて きました。
あきばれのもと、と いいたい ところですが、あいにくの どんてんのもと、
ひさしぶりに でもって きました。

しゅうごうばしょに あつまった にんずうは なんと 500にんの 100ぶんの1!
(とちゅうから 100にんの 100ぶんの1 さんかして くれました)
まあ ぶっちゃけ 5にん、とちゅうから 1にんふえて 6にんで、いつもの
さんじょうおおはしにしづめ→かわらまちどおり→しじょうどおり→まるやまこうえん という るーとを すすみました。

ざっとみて でもたいの ばいの にんずうの けいかんが たのんでも ないのに みまもる なか すたーと。
こんかいは、そこに すむ おおくの ひとが はっきりと はんたいの いしを しめして いるにも かかわらず、くにが こうじを きょうこう している、おきなわけん、ひがしそんたかえで おきている ことについて すぴーちを しました。

<すぴーち>

さて、 はだざむく なりましたが がいとう の みなさん、 いかが おすごしでしょうか?
せけんでは 「うんどう の あき」なんて いわれたりしておりますので、 みな で できる うんどう として デモ を きかく してみました。みなさん、カモン!
さて、 きょうは おきなわ の たかえ と いう ところ で おきていること に ついて おはなし する こと から はじめさせて もらおうかと
おもいます。
おきなわけん の ひがしそん たかえ と いう ちめい を テレビ や しんぶん を とおして みききする きかい も ようやく ふえてきた と おもいます。
そこでは じゅうみん の いし を むしして せいふ が べいぐん の ヘリパッド けんせつ を きょうこう しています。
これまで じもとじゅうみん 、おきなわけんみん は なんど も「べいぐんきち は いらない」と みんい を くりかえし しめして きました。7がつ10にち に なされた さんぎいんせんきょ に おいても おきなわけん は あらためて きち に はんたい する みんい を しめした に も かかわらず、にほんせいふ は よりにもよって それから いちや あけた 7がつ11にち の、それも そうちょう ごぜん6じ と いう こうぎ に かけつけにくい じかんたい を ねらって、きどうたい やく100めい、みんかんけいびいん やく20めい を はいび して ヘリパッド けんせつ の じゅんびさぎょう に とりかかる と いう ぼうきょ に でたのです。
そして 7がつ22にち には、 なんと ぜんこく から あつめられた きどうたい、その かず500〜600めい を も どういん し、こうぎ の すわりこみ を する しみん を ぼうりょくてき に はいじょ しました。きどうたい に より くび を しめられた ひと、くるま の うえ から たたきおとされた ひとら が ぞくしゅつ し、3めい が きゅうきゅうはんそう される ほど に それは むきだし の ぼうりょく でした。
それから 3かげつ が たつ いま も にほんせいふ は こうじ を きょうこう しつづけ、 じもと の ひとびと が のぞむ たかえ での しずかな せいかつ、ゆたかな しぜん は まさに こくこくと はかい されている さなか に あります。
ぜんこく から の きどうたい に よる ぼうりょく も おさまるところをしりません。
この 3かげつ の あいだ だけ でも たかえ では つぎつぎと ふとうたいほ が つづいています。
それら の ほとんど が きそ するだけ の しょうこ も、こんきょ も なく、そくじつしゃくほう する ほか ない ことからも、これらが こうぎこうどう に たいする いやがらせ もくてき の だんあつ で あること は あきらかです。
そのような なか で おこったのが、みなさん も すでに ごぞんじか と おもいますが、おおさかふけい に よる「どじん」「シナじん」はつげん です。
これは おおさかふけい が おきなわ の じもとじゅうみん、 こうぎ する しみん を たいとう な そんざい と して みなして おらず、 さべついしき を もって まなざしている こと が けんざいか されているのであり、 また そこには ちゅうごくじん に たいする べっし も ろこつ に あらわれています。
おおさかふけい に よる このような ひどい おきなわ と ちゅうごくへの さべつはつげん に たいして、 まつい おおさかふちじ は せきにん を ついきゅう するどころか、あろうことか 「ごくろうさま」 と ねぎらい の ことば を かける など ようご する しせい を しめしました。
わたしたち は このような さべつきどうたい と さべつちじ を ぜったい に ゆるすことはできません。
ぜんこく の きどうたい は おきなわ から もどってこい!
きょうとふけい も たかえ での だんあつ の かせい に いくな!もどってこい!

しゅぷれひこーるは、いつもの ご・しち・ごを ちょっと あれんじ。

<ぎんじ>

ひのまるをー やこう やぶこう おろそうよー
きみがよをー ながすのやめろ うたわんぞー
てんのうせい さべつのこんげん なくそうよー
やすくにはー ぐんじしせつだ つぶそうよー
にゅうかんはー さつじんしせつだ つぶそうよー
べいぐんのー おしつけゆるさん おきなわへー
けいさつはー さべつはつげん しゃざいしろー
じえいたい にほんのぐんたい なくそうよー
ちょうせんのー てきしをやめろ いますぐにー
こくせきでー ひとのいきかた せばめるなー
はいししよー さべつをうみだす こせきせいど
やめにしよー はいじょのさいてん オリンピック

 

えんどうは、これまで よりも かんこうきゃくが おおい かんじ。その かんこうきゃくの みなさんが、
わたしたちの でもに、とても きょうみしんしんな しせんを なげてきます。
「じえいたい いらない」「てんのうせい やめろ」「ひのまる おろせ」「きみがよ うたうな」
さっこん、こういう しゅちょうを はっきりと おおきな こえで きく きかいは、
どんどん へってきて いるように おもいます。
でも、だからこそ、たとえ6にんでも、もっとすくなく なっても、
わたしたちは いいつづけたいと おもいます。
じえいたいや てんのうせいや ひのまるや きみがよを、「それはあってもいい…」と
かたてに だいじに もったまま さけぶ「せんそう はんたい」や「へいわ」や「さべつ はんたい」は、
けっきょく「にほんは ころすことを やめません」を いってるのと かわりありません。
せんごから でも 71ねんも たっちゃって、おそすぎると いえば おそすぎますが、
あらためて、にほんが ちょうせんや ちゅうごくや ほかの くにに たいして やったこと、やりつづけて きたことを かんがえ、
しんに じんけんを まもり、まもらせる しゃかいの ために、なにが ひつようで、なにを なくさなければ ならないか、
こえにだして、つたえて いくことが だいじだなあと
あきかぜの なか、しみじみ かんじた でもでした。

んのはちぶきゅうふ

 

8.6デモほうこく

***** 2つめ は かんじ なし です♪*****

 

おととい8月6日にデモをしました。

京都市は37℃まで気温が高まった猛暑日でした。夏場あまりに暑いなかでのデモはしんどすぎると事前に憂慮し、この日は夕方の7時と少しばかり涼しくなった頃からスタートし、京都市の繁華街を1時間超かけて歩きました。

今回は広島に原爆が投下された8.6という日の意味も込めて、スピーチを考えました。その際にこの間にあった様々なことを思いました。

 

参院選、都知事選、高江での機動隊による暴力、相模原での事件、オリンピック、アキヒトの玉音放送します宣言…他にもたくさん…

 

なんか胸が苦しくなることだらけで、あれもこれも言いたいことだらけです。しかしデモのスピーチという形で果たしてどこまでのことが盛り込めるか、繋げていけるだろうかと悩みながら書いてみたら、けっきょく結構長くなりました。

 

削ったほうがいいかな、と考えもしましたが長いスピーチのまま残しました。

 

沿道の人たちに主張の全体像を伝えるには長すぎるスピーチは不適当なスタイルなのかもしれませんが、様々に起こっている苦しいことを繋げていく言葉を紡ぎたかったし、部分的にしか聞いてもらえなくてもそこから何かが伝わって欲しいという気持ちで精一杯訴えました。

 

シュプレヒコールは二年ぶり(?)に俳句スタイルで吟じました。

なかなか、良い感じでしたよ。

スピーチ(とシュプレヒコール)、ぜひ読んでみてくださいね。

 

(スピーチ)

この時期になると毎年、学校教育を通してであったりテレビや新聞の特集を通してであったり、あるいは地域の市民集会を通してなど、様々な場で、様々な形で「原爆の悲劇を、戦争の悲惨さを忘れてはならない、繰り返してはならない」と言われます。

 その通りだと思います。私たちはそれを決して忘れてはならないし、繰り返してはなりません。

 

 しかし私たちは果たして本当にそのように「戦後」を歩んできたと言えるでしょうか?

 

原爆の悲劇、世代をこえて続く被曝の恐ろしさを知っていたはずなのに、戦後、原発を地方に押し付け、原発労働者を被曝にさらし、その生をむしばみ続けていることに対して、様々な闘争がありながらも私たちの多くは目を背けてきました。そしてついにはチェルノブイリ以来最も深刻な原発事故を引き起こしてしまいました。

既に起きている健康被害と長い将来をかけて起きるであろうさらなる被害に対しても十分なことが何もできておらず、事故収束もままならないにもかかわらず川内原発を再稼働させてしまっただけでなく、伊方原発も来週11日には再稼働と報道されています。またそんな原発を事故後も日本は世界に輸出してもいます。

原発に留まらず、日本の「戦後」は日米軍事同盟によりアメリカの「核の傘」のもとにあることを受けいれてきてしまってもいます。

 

また、二度と戦争をしないと誓ったはずなのに、まさにその日米軍事同盟のもとにアメリカの侵略戦争に積極的に加担してもきました。

日本の敗戦後からわずか5年後の1950年に始まる朝鮮戦争においては現在の自衛隊の前身となる警察予備隊が組織され再軍備化の足がかりとしました。ベトナム戦争では沖縄の嘉手納基地から戦闘機が飛び立ち、その後も湾岸戦争イラク戦争と日本は常に戦争に関わってきました。

そのような「戦後」日本の戦争の歴史、そのときどきで反戦運動もありましたが、それをとめることができなかったその後になると私たちの多くはそんな歴史をすっかり忘れてしまったかのようにも思えます。

 

今や多くのひとが「戦争は嫌だ」、「平和が良い」と思っているにもかかわらず、先の参院選においても、原発推進政策をやめず、戦争法を暴力的に可決させ憲法改悪を目指す与党はさらに議席を増やしました。東京都の新知事には核武装論も排除せず、排外主義を扇動する極右政治家の小池百合子さんが大差をつけて選ばれました。

 

どうやって私たちはこのような状況を許してしまうに至ったのでしょうか?

 

それは私たちの多くが原発も米軍基地もそれぞれ地方に、沖縄に、と押し付けてそこで起こる矛盾と暴力をはらみながらまわっていた社会を「平和」や「戦後民主主義」とよんできたからではないでしょうか?

 

あるいは、日米軍事同盟のもと仮想敵として朝鮮の脅威が煽られ、朝鮮に対する制裁がどれだけ続こうと、そしてその一環として国内の朝鮮人に対する差別と弾圧が国策としてまかり通っていても、ほとんど誰も見向きもしなかったからではないでしょうか。

 

沖縄の辺野古で、高江で新基地・ヘリパッド建設を強行するために今もまさに起きている日本国家による剥き出しの暴力をひとごとにしてきたらからではないでしょうか?非暴力の抗議をつらぬく人々に対する海保による暴力、機動隊による暴力は既にいつ死者を出してもおかしくない段階にまできています。

また、沖縄のいたるところに米軍基地があることで起きてきた数々の暴力をひとごとにしてきたからではないでしょうか?

 

沖縄に限らず、身近なところでは京丹後の宇川地区にも米軍のXバンドレーダー基地が建設され2014年末からレーダーが稼働しています。地元住民の過半数の反対の声がありながら基地が作られて以降、すでに米軍関係者による数多くの人身事故が起き、レーダーから発生される電磁波やジェネレーターからなる低周波音などによる健康被害を訴える声、不安の声があるにもかかわらず、有効な対策も講じず住民に犠牲を強いています。その京丹後宇川から聞こえてくる声を京都市にも届けようと街頭で訴えてもまだまだ関心が薄くひとごととして捉えられていることを強く感じています。

 

いつからか「反戦」、「平和」を求める声は「被害の記憶」、それも特に都市に住む、<日本人ヤマト>の、男性の、健常者にとっての「被害の記憶」だけに依拠するようになってしまったように思います。

 

広島、長崎への原爆投下によって被曝したのは日本人だけでなく旧植民地から来た7万人余りの朝鮮人が被爆し、4万人余りが命を失ったと言われています。また同じく日本の植民地であった台湾のひとびと、その他のアジアからの留学生やオランダ、アメリカ、イギリスからの捕虜となっていたひとたちが被爆したこともあきらかになっています。この人たちの多くは戦後も長らく原爆援護法の申請ができなかったり、申請しても却下されてしまうという状況が今日まで続いています。

 

<日本人ヤマト>の「被害の記憶」のみに依拠して唱えられる「反戦」「平和」であっては、再び<大事なひとをまもるため>、<「国民」をまもるため>、ひいては<国をまもるため>、という「自衛のための戦争」という国家の論理に回収されてしまうものではないでしょうか。

 

それはどの戦争も常に「自衛」を大義としてきた歴史からも明らかだと思います。

 

憲法9条は日本人を戦争からまもる、そのためだけのためにあるのではなく、植民地支配と侵略戦争によって苦しみを与えた人々に対する約束のはずであったことを忘れてはなりません。

 

今日からオリンピックが始まりました。

多くのひとびとが、日の丸を背負った選手のメダルを期待しているのかもしれません。

そうやってアスリートたちが国家の名誉をかけて競い合う姿にもりあがる人々が溢れかえるときに、私がみなさんに思いを寄せて欲しいのは、既に東京オリンピックのために住む場を奪われ、その生存権が脅かされている野宿者のひとたちの存在です。

 

また<国家の役に立たないものは生きる価値がない>というとんでもない思想のもとその命が奪われた19名のひとたちと、命こそはとりとめても心身を深く傷つけられたひとびとの存在です。

“とんでもない思想”と言いましたが、この思想は私たちの生きるこの日本社会にまさに蔓延っている思想であり、私たちはそのような能力主義、優生思想、障害者差別社会に日々影響されながら生きているということ、そのような国家の意思に従いながら国家のために生き、国家のために殺し、国家のために死ぬ主体へと日々つくられていっていることを自覚し、これを唾棄しなくてはなりません。

 

殺し合う世界ではなく、ともに生きていくための世界、誰かの犠牲のもとに享受する偽の平和ではなく、ひととひとが対等にあれ、真に平和な社会のためにともに歩んでいきましょう。

 

 

シュプレヒコール

ひのまるをー やこう、やぶこう もやそうよー

 

きみがよをー ながすのやめろ うたわんぞー

 

てんのうせい さべつのこんげん なくそうよー

 

アキヒトのー ぎょくおんほうそう ナンセンスー

 

やすくにはー ぐんじしせつだ つぶそうよー

 

にゅうかんはー さつじんしせつだ つぶそうよー

 

べいぐんのー おしつけゆるさん おきなわへー

 

べいぐんはー せかいのどこにも いらないぞー

 

じえいたいー にほんのぐんたい なくそうよー

 

ぶき、げんぱつー ゆしゅつするのは さつじんざいー

 

ちょうせんのー てきしをやめろ いますぐにー

 

こくせきでー ひとのいきかた せばめるなー

 

はいししよー さべつをうみだす こせきせいどー

 

やめにしよー はいじょのさいてん オリンピックー

 

 

♪(レのはちぶおんぷ)

 

おととい 8がつ 6にち に でも を しました。

きょうとし は 37℃ まで きおん が たかまった もうしょび でした。 なつばあまり に あつい なか での でも は しんどすぎる と じぜん に ゆうりょ し、この ひ は ゆうがた の 7じ と すこしばかり すずしく なった ころ から すたーと し、 きょうとし の はんかがい を 1じかんいじょう かけて あるきました。

こんかい は ひろしま に げんばく が とうか された 8.6 と いう ひ のいみ も こめて、 すぴーち を かんがえました。 その さい に この かん に あった さまざま な こと を おもいました。 さんいんせん、 とちじせん、 たかえ での きどうたい による ぼうりょく、 さがみはら での じけん、 おりんぴっく、 あきひと の ぎょくおんほうそう します せんげん… ほか にも たくさん… なんか むね が くるしく なる こと だらけ で、 あれ も これ も いいたい こと だらけ です。 しかし でも の すぴーち と いう かたち で はたして どこまで の こと が もりこめるか、 つなげて いけるだろうか と なやみ ながら かいて みたら、 けっきょく けっこう ながく なりました。 けずった ほう が いいかな、 と かんがえ も しました が ながい すぴーち の まま のこしました。 えんどう の ひとたち に しゅちょう の ぜんたいぞう を つたえる には ながすぎる すぴーち は ふてきとう な すたいる なの かもしれません が、 さまざま に おこっている くるしい こと を つなげて いく ことば を つむぎたかった し、 ぶぶんてき に しか きいて もらえなくても そこから なにか が つたわって ほしい という きもち で せいいっぱい うったえました。 しゅぷれひこーる は 2ねんぶり(?) に はいく すたいる で ぎんじ ました。

なかなか、 よい かんじ でしたよ。

 

すぴーち(としゅぷれひこーる)、 ぜひ よんで みて くださいね。

 

(すぴーち)

この じき に なると まいとし、 がっこうきょういく を とおして で あったり てれび や しんぶん の とくしゅう を とおして で あったり、 あるいは ちいき の しみんしゅうかい を とおして など、 さまざまな ば で、さまざまな かたち で 「げんばく の ひげき を、 せんそう の ひさんさ を わすれては ならない、 くりかえしては ならない」と いわれます。 

そのとおりだ と おもいます。 わたしたち は それ を けっして わすれて は ならないし、 くりかえして は なりません。

 

 しかし わたしたち は はたして ほんとう に そのように 「せんご」を あゆんで きた と いえるでしょうか?

 

げんばく の ひげき、 せだい を こえて つづく ひばく の おそろしさ を しっていた はず なのに、 せんご、 げんぱつ を ちほう に おしつけ、 げんぱつ ろうどうしゃ を ひばく に さらし、 その せい を むしばみ つづけて いる こと に たいして、 さまざま な とうそう が ありながら も わたしたち の おおく は め を そむけて きました。 そして ついには ちぇるのぶいり いらい もっと も しんこく な げんぱつじこ を ひきおこして しまいました。

すで に おきている けんこうひがい と ながい しょうらい を かけて おきるで あろう さらなる ひがい に たいして も じゅうぶん な こと が なにも できておらず、 じこしゅうそく も ままならない にも かかわらず せんだいげんぱつ を さいかどう させて しまった だけ で なく、 いかた げんぱつ も らいしゅう 11にち には さいかどう と ほうどう されて います。ま た そんな げんぱつ を じこご も にほん は せかい に ゆしゅつ して も います。

げんぱつ に とどまらず、 にほん の 「せんご」 は にちべい ぐんじ どうめい に より あめりか の 「かくのかさ」の もと に あること を うけいれて きて しまって も います。

 

また、 にど と せんそう を しない と ちかった はず なのに、 まさに その にちべい ぐんじ どうめい の もと に あめりか の しんりゃくせんそう に せっきょくてき に かたん して も きました。

にほん の はいせんご から わずか 5ねんご の 1950ねん に はじまる ちょうせんせんそう に おいて は げんざい の じえいたい の ぜんしん と なる けいさつよびたい が そしきされ さいぐんびか の あしがかり と しました。 べとなむせんそう では おきなわ の かでなきち から せんとうき が とびたち、 そのご も わんがんせんそう、 いらくせんそう と にほん は つねに せんそう に かかわって きました。

そのような 「せんご」 にほん の せんそう の れきし、 その ときどき で はんせんうんどう も ありましたが、 それ を とめる こと が できなかった その あと に なると わたしたち の おおく は そんな れきし を すっかり わすれて しまった かの よう に も おもえます。

 

いまや おおく の ひと が 「せんそう は いやだ」、 「へいわ が よい」 とおもっている に も かかわらず、 さき の さんいんせん に おいても、 げんぱつ すいしん せいさく を やめず、 せんそうほう を ぼうりょくてき に かけつ させ けんぽうかいあく を めざす よとう は さらに ぎせき を ふやしました。 とうきょうと の しんちじ には かくぶそうろん も はいじょ せず、 はいがいしゅぎ を せんどう する きょくうせいじか の こいけゆりこさん が たいさ を つけて えらばれ ました。

 

どうやって わたしたち は このよう な じょうきょう を ゆるして しまう にいたった の でしょうか?

 

それ は わたしたち の おおく が げんぱつ も べいぐんきち も それぞれ ちほう に、 おきなわ に、 と おしつけて そこで おこる むじゅん と ぼうりょく を はらみながら まわっていた しゃかい を 「へいわ」 や 「せんごみんしゅしゅぎ」 と よんできた から で は ないでしょうか?

 

あるいは、 にちべいぐんじどうめい の もと かそうてき と して ちょうせん の きょうい が あおられ、 ちょうせん に たいする せいさい が どれだけ つづこうと、 そして その いっかん と して こくない の ちょうせんじん に たいする さべつ と だんあつ が こくさく と して まかりとおって いても、 ほとんど だれ も みむき も しなかった から で は ないでしょうか。 おきなわ の へのこ で、 たかえ で しんきち・へりぱっど けんせつ を きょうこう する ために いま も まさ に おきている にほんこっか に よる むきだし の ぼうりょく を ひとごと に してきた から で は ない でしょうか? ひぼうりょく の こうぎ を つらぬく ひとびと に たいする かいほ に よる ぼうりょく、 きどうたい に よる ぼうりょく は すで に いつ ししゃ を だして も おかしくない だんかい に まで きています。

 

また、 おきなわ の いたるところ に べいぐんきち が あること で おきてきた かずかず の ぼうりょく を ひとごと に してきた から で は ない でしょうか? 

 

おきなわ に かぎらず、 みぢか な ところ では きょうたんご の うかわちく に も べいぐん の Xばんどれーだーきち が けんせつ され 2014ねん まつ から れーだー が かどう しています。 じもと じゅうみん の かはんすう の はんたい の こえ が ありながら きち が つくられて いこう、 すで に べいぐんかんけいしゃ に よる かずおおく の じんしんじこ が おき、 れーだー から はっせい される でんじは や じぇねれーたー から なる ていしゅうはおん など に よる けんこうひがい を うったえる こえ、 ふあん の こえ が ある に も かかわらず、 ゆうこう な たいさく も こうじず じゅうみん に ぎせい を しいて います。 

その きょうたんご うかわ から きこえて くる こえ を きょうとし に も とどけよう と がいとう で うったえても まだまだ かんしん が うすく ひとごと と して とらえられて いる こと を つよく かんじて います。 

 

いつからか 「はんせん」 「へいわ」 を もとめる こえ は 「ひがい の きおく」、 それ も とく に とし に すむ、 <にほんじん やまと> の 、だんせい の 、けんじょうしゃ に とって の 「ひがい の きおく」 だけ に いきょ する ように なって しまった よう に おもいます。

 

ひろしま、 ながさき への げんばくとうか に よって ひばく した の は にほんじん だけ で なく きゅうしょくみんち から きた 7まんにん あまり の ちょうせんじん が ひばく し、 4まんにん あまり が いのち を うしなった と いわれて います。 また おなじく にほん の しょくみんち で あった たいわん の ひとびと、 そのほか の あじあ から の りゅうがくせい や おらんだ、 あめりか、 いぎりす から の ほりょ と なっていた ひとたち が ひばく した こと も あきらか に なっています。 

この ひとたち の おおく は せんご も ながらく げんばくえんごほう の しんせい が できなかったり、 しんせいして も きゃっか されて しまう という じょうきょう が こんにち まで つづいて います。 

 

<にほんじん やまと> の 「ひがい の きおく」 のみ に いきょ して となえられる 「はんせん」 「へいわ」 で あっては、 ふたたび <だいじ な ひと を まもる ため>、 <「こくみん」 を まもる ため>、 ひいては <くに を まもる ため>、 と いう 「じえい の ため の せんそう」 と いう こっか の ろんり に かいしゅう されて しまう もの では ないでしょうか。

 

それ は どの せんそう も つねに 「じえい」 を たいぎ と してきた れきし から も あきらかだ と おもいます。

 

けんぽう9じょう は にほんじん を せんそう から まもる、 その ため だけの ためにある の では なく、 しょくみんちしはい と しんりゃくせんそう に よって くるしみ を あたえた ひとびと に たいする やくそく の はず で あった こと を わすれて は なりません。 

 

おりんぴっく が はじまりました。

おおくの ひとびと が、 ひのまる を せおった せんしゅ の めだる を きたい している の かも しれません。

そうやって あすりーと たち が こっか の めいよ を かけて きそいあう すがた に もりあがる ひとびと が あふれかえる とき に、 わたし が みなさん に おもい を よせて ほしい のは、 すで に とうきょうおりんぴっく の ため に すむ ば を うばわれ、 その せいぞんけん が おびやかされて いる のじゅくしゃ の ひとたち の そんざい です。

 

また <こっか の やく に たたない もの は いきる かち が ない> と いう とんでもない しそう の もと その いのち が うばわれた 19めい の ひとたち と、 いのち こそ は とりとめて も しんしん を ふかく きずつけられた ひとびと の そんざい です。

“とんでもない しそう” と いいましたが、 この しそう は わたしたち の いきる この にほんしゃかい に まさに はびこっている しそう で あり、 わたしたち は そのよう な のうりょくしゅぎ、 ゆうせいしそう、 しょうがいしゃさべつ しゃかい に ひび えいきょう されながら いきている と いうこと、 そのような こっか の いし に したがい ながら こっか の ために いき、 こっか の ために ころし、 こっか の ために しぬ しゅたい へと ひび つくられて いっている こと を じかく し、 これ を だき しなくて は なりません。

 

ころしあう せかい で は なく、 とも に いきていく ため の せかい、 だれか の ぎせい の もと に きょうじゅ する にせ の へいわ で は なく、ひと と ひと が たいとう に あれ、 しん に へいわ な しゃかい の ために とも に あゆんで いきましょう。

 

 

シュプレヒコール

ひのまるをー やこう、やぶこう もやそうよー

 

きみがよをー ながすのやめろ うたわんぞー

 

てんのうせい さべつのこんげん なくそうよー

 

アキヒトのー ぎょくおんほうそう ナンセンスー

 

やすくにはー ぐんじしせつだ つぶそうよー

 

にゅうかんはー さつじんしせつだ つぶそうよー

 

べいぐんのー おしつけゆるさん おきなわへー

 

べいぐんはー せかいのどこにも いらないぞー

 

じえいたいー にほんのぐんたい なくそうよー

 

ぶき、げんぱつー ゆしゅつするのは さつじんざいー

 

ちょうせんのー てきしをやめろ いますぐにー

 

こくせきでー ひとのいきかた せばめるなー

 

はいししよー さべつをうみだす こせきせいどー

 

やめにしよー はいじょのさいてん オリンピックー

 

 

♪(レのはちぶおんぷ)

 

 

活動報告 展示とデモ / かつどうほうこく てんじ と デモ

*****2つめ かんじ つかって ません*****

 

みなさん、はんにちわ。

前回はまだまだ春とはいえない2月末にデモを行いましたね。

ちなみに4月や5月はこんな風に朝鮮制裁に反対する青空展示をしたりしてました。

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(観光地、平安神宮前で朝鮮制裁の年表とかプラカをならべて演説をスピーカーから流してました)

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(ちなみにリニューアルしたプラカードたちです)

 

あれからあっという間に季節はうつりかわって、6月18日、まだ梅雨もあけないというのに真夏日の京都でデモを行いました。

 

今回は、7月に参院選を控え、「打倒安倍政権」とか「野党共闘」とかいう声が聞こえる中で、

ますます言いにくくさせられていることがあるんじゃないか、与党も野党も関係なく、この国では戦争政策がずっと続いてきてるんじゃないか、「選挙へ行こう」で本当にいいのか?というあたりを

路上からアピールしてみました。

 

(スピーチ)

参院選を控えるなかで、32あるすべての一人区では「野党共闘」のもと統一候補をたて政権与党に対抗することも明らかになっています。

 

その背景には昨年に政権与党が強権的に、暴力的に可決した「戦争法」を廃止させるべく「野党共闘」をもとめる声が市民運動の側からもあがったこともあるでしょう。

 

しかし私は訴えたい。

「野党共闘」と言いますが、そのために問えなくさせてしまう課題を残してしまっているのはこの選挙ではないでしょうか?

安倍政権打倒、戦争法廃止を至上目的とながらも、安保体制そのものについて反対の声をつぐんでしまったり、あきらかな憲法違反である自衛隊という日本軍の存在や個別的自衛権を容認してしまったり、反戦を唱えながらも日本がおかした侵略戦争と植民地支配に対する天皇の責任を追求し天皇制廃止を訴えることをやめてしまことなどは決してあってはなりません。

 

安倍政権を打倒さえすれば戦争が避けられるというのは幻想です。

 

安保条約によって駐在する在日米軍の基地を沖縄に集中して押し付け続け、米兵による沖縄のひとびとに対する暴力は後をたちません。ベトナム戦争ではその沖縄の嘉手納基地から飛びたった爆撃機B52によって殺戮がなされました。私たちがこの場所で「戦後70年の平和をまもろう」と語るとき、沖縄には「戦後」などなかったことを知らなければなりません。

 

また、常に「仮想敵」を必要とする日米安保体制は在日朝鮮人を敵国民として規定し、在日朝鮮人への差別はなにも在特会といった排外主義団体によるものにとどまらず政府主導としても起き続けています。朝鮮総連とその関連施設に対する度重なる強制捜査といった政治弾圧や朝鮮学校生徒に対する「高校無償化」排除といった差別・弾圧はそれを物語っています。

朝鮮への「経済制裁」ひとつとりあげてみても2006年以降すでに10年がたちますが、これに反対の意見を投じた議員は今までひとりもいなかったことも知ってください。

日本政府の戦争政策は実は与党も野党も関係なく、挙国一致という状況がすでに10年続いているということです。

 

だから私は訴えます。

選挙はたかが選挙です。

選挙で変えられることもあるでしょうが、選挙では変えられないことを私たちは直接行動によって訴えなければなりません。

本当の意味での平和、誰かを犠牲にすることで、差別することで得るものではない平和を築くためには選挙頼みではなく私たちのそれぞれおかれた状況から個別の声を、直接行動を通してあげる必要があります。

 

今日、ここを歩いている私たちの中には選挙権があるひともいれば、ないひともいます。

そんな誰をも排除することのない私たちの直接行動をともにつくりあげましょう!

 

 

シュプレヒコール

安保条約を破棄しよう!

全基地撤去を実現しよう!

自衛隊という日本軍を解体しよう!

海上保安も解体しよう!

殺人機関の入管も解体しよう!

法務省は死刑執行するな!

宗教的軍事施設ヤスクニ神社を解体しよう!

日の丸かかげるのをやめろ!

君が代ながすのやめろ!

天皇制を廃止しよう!

植民地支配・侵略戦争責任を果たさせるぞ!

歴史の歪曲・忘却をゆるさないぞ!

朝鮮敵視政策をやめろ!

 

 

実は、2月のデモでは、とにかく警察がひどくじゃまをしてきて、それへの抗議も忙しいデモだったのですが、今回はちょっぴりマシで、その分、最初から最後まで言いたいことを沿道にしっかり伝えられたかなと思います。沿道からの罵声はあいかわらずですが、応援の声もありました。

 

これからいわゆる「選挙戦」がはじまって、繁華街にも、地方にも、平和がどうとか、憲法がどうとか、消費税がどうとかって声があふれるでしょう。しかし、これまでの選挙において、多数(選挙に行った人、行けた人)が選び取った結果が、今のこの状況です。そこには、侵略戦争への反省もなく、植民地支配に対する責任を果たそうという声もなく、天皇制が存続していることへの批判もありません。排除はどんどん進んでいます。もういいかげん、選挙に何かをたくし、投票箱に民主主義を吸い込ませて何かに参加したような気になるのは、今の状況の後押しにしかなっていないことに気づいた方がいいと思います。

 

選挙権があるひとと、ないひとと、いっしょに歩きながら、そんなことを考えていました。

 

♪(んのはちぶきゅうふ)

 

*****かんじ つかって ません***** 

 

みなさん、はんにちわ。

ぜんかい は まだまだ はる とは いえない 2がつ まつ に でも を おこないましたね。 ちなみに 4がつ や 5がつ は こんな ふう に あおぞら てんじ を したりしてました。

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(かんこうち、へいあんじんぐう まえ で ちょうせんせいさい の ねんぴょう とか プラカ を ならべて えんぜつ を スピーカー から ながしてました) 

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(ちなみにリニューアルしたプラカたちです)

 

あれから あっというま に きせつ は うつりかわって、 まだ つゆ も あけない と いうのに まなつび の きょうと で でも を おこないました。 こんかい は、 7がつ に さんいんせん を ひかえ、「だとう あべ せいけん」 とか 「やとう きょうとう」 とか いう こえ が きこえる なかで、 ますます いいにくく させられて いる こと が あるんじゃないか、 よとう も やとう も かんけいなく、 この くに では せんそうせいさく が ずっと つづいて きてるんじゃないか、 「せんきょ へ いこう」 で ほんとう に いいのか? と いう あたり を ろじょう から あぴーる してみました。

 

(すぴーち)

さんいんせん を ひかえる なか で、 32 ある すべて の ひとりく では 「やとう きょうとう」 の もと とういつこうほ を たて せいけんよとう に たいこう する こと も  あきらか に なっています。 その はいけい には さくねん に せいけんよとう が きょうけんてき に、 ぼうりょくてき に かけつ した 「せんそうほう」 を はいし させるべく 「やとう きょうとう」 を もとめる こえ が しみんうんどう の がわ からも あがったこと も あるでしょう。

しかし わたし は うったえたい。

「やとう きょうとう」 と いいますが、 そのため に とえなく させて しまう かだい をのこして しまっているの が この せんきょ では ないでしょうか?

あべせいけん だとう、 せんそうほう はいし を しじょうもくてき と しながらも、 あんぽたいせい そのもの に ついて はんたい の こえ を つぐんで しまったり、 あきらかな けんぽう いはん で ある じえいたい という にほんぐん の そんざい や こべつてき じえいけん を ようにん して しまったり、 はんせん を となえながら も にほん が おかした しんりゃくせんそう と しょくみんちしはい に たいする てんのう の せきにん を ついきゅうし てんのうせい はいし を うったえる こと を やめてしまこと など は けっして あって は なりません。 あべせいけん を だとう さえ すれば せんそう が さけられる と いうのは げんそうです。 あんぽじょうやく に よって ちゅうざい する ざいにちべいぐん の きち を おきなわ に しゅうちゅう して おしつけ つづけ、 べいへい に よる おきなわ の ひとびと に たいする ぼうりょく は あと を たちません。 べとなむせんそう では その おきなわ の かでなきち から とびたった ばくげきき B52 に よって さつりく が なされました。 わたしたち が この ばしょ で 「せんご70ねん の へいわ を まもろう」 と かたる とき、 おきなわ には 「せんご」 など なかった こと を しらなければ なりません。 また、 つねに 「かそうてき」 を ひつよう とする にちべいあんぽたいせいは ざいにちちょうせんじん を てきこくみん として きてい し、 ざいにちちょうせんじん への さべつ は なに も ざいとくかい と いった はいがいしゅぎだんたい に よる もの に とどまらず せいふ しゅどう と しても おきつづけています。 ちょうせんそうれん と その かんれんしせつ に たいする たびかさなる きょうせいそうさ と いった せいじだんあつ や ちょうせんがっこうせいと に たいする 「こうこう むしょうか」 はいじょ と いった さべつ・だんあつ は それ を ものがたって います。

ちょうせん への 「けいざいせいさい」 ひとつ とりあげて みても 2006ねん いこう すでに10ねん が たちますが、 これに はんたい の いけん を とうじた ぎいん は いままで ひとり も いなかった ことも しってください。

にほんせいふ の せんそう せいさく は じつ は よとう も やとう も かんけい なく、きょこくいっち と いう じょうきょう が すで に 10ねん つづいて いる と いうことです。 

だから わたし は うったえます。

せんきょ は たかが せんきょです。

せんきょ で かえられる こと も あるでしょうが、 せんきょ では かえられない こと をわたしたち は ちょくせつこうどう に よって うったえ なければ なりません。

ほんとう の いみ での へいわ、 だれか を ぎせい に することで、 さべつ する ことで えるもの では ない へいわを きずく ためには せんきょだのみ では なく わたしたち の それぞれ おかれた じょうきょう から こべつ の こえ を、 ちょくせつこうどう を とおして あげる ひつよう が あります。 きょう、 ここ を あるいている わたしたち の なか には せんきょけん が ある ひと も いれば、 ない ひと も います。

そんな だれ をも はいじょ する こと の ない わたしたち の ちょくせつこうどう を とも に つくり あげましょう!

 

(しゅぷれひこーる)

あんぽじょうやく を はきしよう!

ぜんきちてっきょ を じつげんしよう!

じえいたい という にほんぐん を かいたいしよう!

かいじょうほあんちょう も かいたいしよう!

さつじんきかん の にゅうかん も かいたいしよう!

ほうむしょう は しけいしっこう するな!

しゅうきょうてき ぐんじしせつ やすくにじんじゃ を かいたいしよう!

ひのまる かかげる の を やめろ!

きみがよ ながす の やめろ!

てんのうせい を はいししよう!

しょくみんちしはい・しんりゃくせんそう せきにん を はたさせるぞ!

れきし の わいきょく・ぼうきゃく を ゆるさないぞ!

ちょうせんてきしせいさく を やめろ!

 

 

じつは、 2がつ の でも では、 とにかく けいさつ が ひどく じゃま を してきて、 それへの こうぎ も いそがしい でも だった の ですが、 こんかい は ちょっぴり まし で、 その ぶん、 さいしょ から さいご まで いいたいこと を えんどう に しっかり つたえられた かな と おもいます。 えんどう から の ばせい は あいかわらず ですが、 おうえん の こえ も ありました。 これから いわゆる 「せんきょせん」 が はじまって、 はんかがい にも、 ちほう にも、 へいわ が どうとか、 けんぽう が どうとか、 しょうひぜい が どうとかって こえ が あふれるでしょう。 しかし、 これまで の せんきょ に おいて、 たすう (せんきょ に いった ひと、 いけた ひと) が えらびとった けっか が、 いま の この じょうきょう です。 そこには、 しんりゃくせんそう へ の はんせい も なく、 しょくみんちしはい に たいする せきにん を はたそう という こえ も なく、てんのうせい が そんぞく している こと への ひはん も ありません。 はいじょ は どんどん すすんで います。 もう いいかげん、 せんきょ に なにか を たくし、 とうひょうばこ に みんしゅしゅぎ を すいこませて なにか に さんか したよう な き に なるのは、いま の じょうきょう の あとおし に しか なっていないこと に きづいた ほう が いい と おもいます。 せんきょけん が ある ひと と、 ない ひと と、 いっしょ に あるきながら、 そんな こと を かんがえて いました。

 

♪(んのはちぶきゅうふ)

2がつ28にち、デモほうこく

(2つめ、 かんじ つかってません)

 

こんにちは。おひさしぶりです。

先日、2月28日に京都市の繁華街をデモしましたので、その報告です。

この日はとても陽気でデモにぴったりな日でした。

みなさん、きっとご存知のように朝鮮の人工衛星発射にともなって日本も独自制裁を強化するということで、制裁に基づく朝鮮総連関連施設や個人に対する強制捜査、不当逮捕といった政治弾圧が相次いでいたので、その問題を中心に訴えました。

 

(スピーチ)

朝鮮民主主義人民共和国人工衛星を発射したことをもって日本はそれを「事実上のミサイル」として報じ、日本にとって大きな脅威であるかのように煽り、独自の制裁を強化するなどとしています。先日、朝鮮商工会に強制捜査がなされ、また貿易を営む在日朝鮮人が朝鮮への輸出という「容疑」によって逮捕される事件もありましたが、これも朝鮮敵視政策にもとづく在日朝鮮人への政治弾圧の一環です。文科省地方自治体に対し朝鮮学校への補助金を見直すよう圧力もかけています。

朝鮮敵視政策によって在日朝鮮人を「敵国民」と規定し差別・弾圧がまかり通ることを許すことで、国内の排外主義はより強固になっています。

みなさんは、日本は「平和国家」で「民主的」な国だから日本の軍事力は自分たちを守るためだけの安心なものであり朝鮮は危険な国でなにをしでかすかわからない、そんなふうに考えているひとたちもいるかもしれません。しかし、大事なのは日本こそが東アジア、ひいては世界にとっての脅威になっているということです。日本単独でも自衛隊、つまり日本軍という大きな軍事力を有しているにとどまらず、アメリカとの軍事同盟のもと、侵略に加担してきました。

侵略してきたのは、戦前のみならず戦後においても、その実績があるのは朝鮮ではなく日本のほうであるということを忘れてはいけません。

朝鮮敵視政策、制裁に反対しましょう。“

 

だいたいこんな感じのことをスピーチし、シュプレヒコールもあげながら元気にデモ行進していたのですが、今回も警察が邪魔ばかりしてきます。

私たちを左端に押し込めようとしてくるのですが、そんなときは毎回、デモの参加者みなで「デモは自由だ!」「警察は邪魔するな!」と抗議をします。参加者が一丸となって抗議すれば小さいデモであろうと、警察も邪魔を続けることをあきらめざるを得ない状況を作ることが可能であるということを私たちは既に経験から学んでいます。

参加者のなかで、もし誰かが警察から嫌がらせを受けていたら、その場でデモを止めてみんなで抗議することがとても大事だと思いますし、現場でそれができないとデモの自由はいつまでも広がらないし、私たちは弱められる一方だと思います。

 

私たちの訴えの中身が理由なのか、邪魔してくる警察への抗議のためにデモがなかなか進まず余計に渋滞するからなのか、理由はいろいろなのでしょうが、今回も沿道からは冷たい視線や暴言といった憎悪を向けられつつ、ごくたまに応援の声(!)もあるという感じです。日本社会では圧倒的多数にとっては耳障りが悪いであろうことを叫んでいる自覚はあるので、むしろ憎悪向けられてナンボノモンと開き直っている部分もあります。ほんとうに「理解」が欲しいだけなら別のやり方を考えるのかもしれませんが、たぶん、「理解」を求めるかたちを取りながらも、「理解」以前にまずそこにある敵対線に気付いてほしくて叫んでいるのかもしれないな、と繁華街の憎悪を浴びながら考えました。

♪(レのはちぶおんぷ)

 

*****かんじ、つかってません*****

 

こんにちは。おひさしぶりです。

せんじつ、にがつ にじゅうはちにち に きょうとし の はんかがい を でも しましたので、その ほうこく です。

この ひ は とても ようき で でも に ぴったり な ひ でした。

みなさん、きっと ごぞんじ の ように ちょうせん の じんこうえいせい はっしゃ に ともなって にほん も どくじせいさい を きょうかする と いうこと で、せいさい に もとづく ちょうせんそうれん かんれんしせつ や こじん に たいする きょうせいそうさ、ふとうたいほ と いった せいじだんあつ が あいついで いたので、その もんだい を ちゅうしん に うったえました。

 

(すぴーち)

“ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく が じんこうえいせい を はっしゃ した こと を もって にほん は それ を 「じじつじょう の みさいる」 として ほうじ、にほん に とって おおきな きょうい で あるかの ように あおり、 どくじ の せいさい を きょうか する などと しています。せんじつ、 ちょうせんしょうこうかい に きょうせいそうさ が なされ、また ぼうえき を いとなむ ざいにちちょうせんじん が ちょうせん への ゆしゅつ という 「ようぎ」 に よって たいほ される じけん も ありましたが、これ も ちょうせんてきしせいさく に もとづく ざいにちちょうせんじん への せいじだんあつ の いっかん です。もんかしょう は ちほうじちたい に たいし ちょうせんがっこう への ほじょきん を みなおす よう あつりょく も かけています。

ちょうせんてきしせいさく に よって ざいにちちょうせんじん を 「てきこくみん」と きてい し さべつ・だんあつ が まかりとおる こと を ゆるすこと で、 こくない の はいがいしゅぎ は より きょうこ に なっています。

みなさんは、 にほん は 「へいわこっか」 で 「みんしゅてき」 な くに だから にほん の ぐんじりょく は じぶんたち を まもる ため だけ の あんしん な もの であり ちょうせん は きけん な くに で なに を しでかすか わからない、 そんな ふう に かんがえている ひとたち も いるかも しれません。しかし、 だいじなの は にほん こそ が ひがしあじあ、 ひいては せかい に とって の きょうい に なっている という ことです。にほん たんどく でも じえいたい、つまり にほんぐん という おおきな ぐんじりょく を ゆうしている に とどまらず、 あめりか との ぐんじどうめい の もと、しんりゃく に かたん して きました。

しんりゃく してきたのは、せんぜん のみ ならず せんご に おいても、その じっせき が あるのは ちょうせん ではなく にほん の ほう である という こと を わすれて は いけません。

ちょうせんてきしせいさく、 せいさい に はんたい しましょう。“

 

だいたい こんな かんじ の こと を すぴーち し、しゅぷれひこーる も あげながら げんき に でもこうしん していた の ですが、 こんかい も けいさつ が じゃま ばかり してきます。

わたしたち を ひだりはし に おしこめよう と してくる の ですが、 そんなとき は まいかい、でも の さんかしゃ みな で 「でも は じゆう だ!」「けいさつ は じゃま するな!」と こうぎ を します。 さんかしゃ が いちがん と なって こうぎ すれば ちいさ な でも で あろうと、 けいさつ も じゃま を つづける こと を あきらめざる を えない じょうきょう を つくる こと が かのう である ということ を わたしたち は すでに けいけん から まなんで います。

さんかしゃ の なかで、 もし だれか が けいさつ から いやがらせ を うけて いたら、そのば で でも を とめて みんな で こうぎ する ことが とても だいじだ と おもいますし、 げんば で それ が できないと でも の じゆう は いつまでも ひろがらないし、 わたしたち は よわめられる いっぽうだ と おもいます。 わたしたち の うったえ の なかみ が りゆう なのか、 じゃま してくる けいさつ へ の こうぎ の ために でも が なかなか すすまず よけい に じゅうたい するから なのか、 りゆう は いろいろ なのでしょうが、 こんかい も えんどう から は つめたい しせん や ぼうげん と いった ぞうお を むけられつつ、 ごく たまに おうえん の こえ(!) も ある という かんじ です。 にほんしゃかい で は あっとうてき たすう に とって は みみざわり が わるい で あろうこと を さけんで いる じかく は あるので、 むしろ ぞうお むけられて ナンボノモン と ひらきなおって いる ぶぶん も あります。 ほんとう に 「りかい」 が ほしい だけなら べつ の やりかた を かんがえる の かも しれませんが、 たぶん、「りかい」 を もとめる かたち を とりながらも、「りかい」 いぜん に まず そこ に ある てきたいせん に きづいて ほしくて さけんで いる の かもしれないな、 と はんかがい の ぞうお を あびながら かんがえました。

 

♪(レのはちぶおんぷ)