9月17日デモ報告*9がつ17にち でも ほうこく

**ふたつめ かんじ つかって いません**

 

はんにちわ!

前回の夜デモが涼しくて具合よかったので、9月は夕デモということで予定しました。

 

気候もすっかり秋めいて、多くのみなさんが待ち望んだ三連休、

なんと!非常に強い台風18号(タリム)さんが

わたしたちのデモに参加したいとばかりに、近畿地方をめざして北上してきているというではありませんか。

基本、趣旨に賛同していただけるのであればウェルカムではあるのですが、

直撃となると、交通機関に影響が出たりして、

他の参加者が集まれなくなったり、帰れなくなったりします。

ひとばん、台風情報とにらめっこしながら出したこたえは、

「予定どおりやりましょ」

 

暗雲たちこめる京都市内。まだ日没までは時間があるというのに、なんだか薄暗いです。雨がいまにも降り出しそう。

スタート時点でついた警官は3人。いつもは2人なのに、台風シフトかしら?と思ったら、

それとは別に、帽子をかぶった目つきの悪い一群が、こちらをにらんでいるではありませんか。

そう、公安警察です。

呼んでないよ!(警備警察も勿論呼んでない)

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実は、デモ申請の時から少し様子が違っていました。

わざわざ許可条件(本来、デモは権利なので、許可とかナンセンスなんだけどね)を読み上げたり、あろうことか、「撮影する」と予告してきたり。

もちろん、撮影は違法ですので、もし撮影をはじめたら、当然抗議しましょうね。と思いながら歩きはじめたのですが、うしろから何やら妙な圧が……ふりむくと、警察の大型人員輸送車(通称「カマボコ」)がついてきてる。

呼んでないよ!

 

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《スピーチ》

みなさん、はんにちわ!反日非国民集団です♪

 

毎度のようにデモをしてますが、今日はまず今私たちに付きまとっている京都府警中京署の警察たちに抗議するところから始めたいと思います。

 

みなさん、そもそもデモというのは私たちの自由であり、本来誰からも許可を受けるようなものであってはいけません。しかし、不当な公安条例によってそれが強制されているという状況にあります。

私たちは公安条例の不当性とその廃止を訴えます。

 

そして、警察たちへ。不当な公安条例を盾に自由なデモに対する干渉をするのをやめろ!先日、デモの「許可証」を取りに行った際に、警備課長まで連れてきてデモの許可条件についてわざわざ確認し、それを守ることを約束させようとしたことについて抗議する。

そもそも自由なデモに対して「許可条件」などという不当な条件をつけられるなどと勘違いをするな!

道路の左端に寄れだとか、早く歩けなどというのは全く不当なデモに対する干渉であり、そんなことを我々は許さない!

そして、不当な「許可条件」がまもられなければデモ参加者を撮影すると脅しをかけてきたことに対して、これに対する撤回と謝罪を要求する!

京都府学連事件の判例において警察官による撮影が許容されるのは「現に犯罪が行われもしくは行われたのち間がないと認められる場合であって、しかも証拠保全の必要性及び緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度を超えない相当な方法を持って行われるときである」とされており、これはそれを満たさない限りは警察官の撮影は違法であることを示している。

今回、中京署がデモの「許可条件」がまもられなければ撮影すると脅しをかけたということは警察が「許可条件」違反を「犯罪が行われている」状況として認識していることを示すが、こんなとんでもないことを許すわけにはいかない。

所轄警察署および公安委員会が付してくる「許可条件」なるものに対してあたかも法としての権力があるかのように扱い、取り締まりの基準とすることは、明らかに警察権および行政権の乱用であり憲法違反である。

これを許してしまえば、警察および公安委員会はデモに対して「許可条件」をもっていくらでも自由に規制できることになってしまう。そんな馬鹿げたことを許してはならない!

デモは自由だ!

京都府警よ!あなたらの仲間である東京の警視庁公安部は経産省前で脱原発を訴える市民を「無届けデモを先導した」との容疑で逮捕するという暴挙を働いた。

私たちはこの不当逮捕・弾圧を絶対に許さない。いますぐ、拘留されている当該を解放しろ!

 

さて、警察には他にもたくさん言いたいことがたくさんありますが、たくさんありすぎるので次に移ります。

 

今月だけで既に2回にわたり、朝鮮の飛翔体が日本の「上空」を飛行したからとJアラートなるものが発動されました。一部の電車は運転をやめたり、テレビも新聞も、ネットニュースも騒ぎまくります。

国際宇宙ステーションの高度をさらに上回る軌道に沿ってものの数分で過ぎ去るものを、まるで日本を標的にミサイルが放たれたかの如く騒ぎ立て、恐ろしい危機に瀕しているかのような演出がなされてもそれにのせられないことを皆さんに訴えます。

なぜなら、国家はそうやって「敵」からの脅威を煽り民衆の恐怖を利用することで戦争へと駆り立てていくからです。

水爆実験にナーバスになっているかたもいるかもしれませんが、日-米-韓による対朝鮮軍事圧力こそが朝鮮半島の非核化を阻んでいるということをしっかりと認識してください。世界でもっとも危険な核保有国は唯一実戦使用までした、それも二度も、アメリカであることは明らかなことであり、そのアメリカとの間で朝鮮戦争がいまだ終戦に至っておらず、日本、韓国に米軍を置き「合同軍事演習」という実質的な対朝鮮戦争演習によって脅威を与え続けているのですから。

朝鮮が脅威なのではなく、日本こそが世界に対する脅威なのです。

 

そもそも朝鮮や中国に対しても日本こそ侵略した側であり、それについて賠償も怠ってきている事実を忘れてはなりません。

そして、「戦後」と呼ばれる時代にあってもなお日本はアメリカの侵略にいつも真っ先に賛同して協力してきました。

朝鮮戦争に始まってベトナム戦争イラク戦争と参加・協力してきた事実を決して忘れてはなりません。

 

戦争に加担してきた「戦後史」を記憶し続けることは、「戦後平和だった日本」という幻想とはハッキリと異なる認識を示すということです。

反戦平和運動のなかでも、まるで安倍政権になってはじめて戦争の危機が生じているかのような主張のされかたを見聞きすることがありますが、それではこれまでの日本の戦争加担の在り方についてはこれを認めてしまうことになります。

 

歴史を教訓として記憶し続けるのは同じ過ちを繰り返さないためです。

 

関東大震災時に起こった朝鮮人虐殺の追悼式に対して追悼文を送ることを拒否した小池百合子東京都知事は、それについての見解を問われ「関東大震災で犠牲となられた全ての方々への追悼の意を表」すと応えました。

さて、ここに朝鮮人虐殺の被害者たちは含まれるでしょうか?

朝鮮人虐殺の被害者とは果たして「関東大震災の犠牲」になったのでしょうか?

明らかに違うでしょう。

地震という自然災害によってではなく日本人によって殺されたのです。

小池百合子東京都知事はさらに朝鮮人虐殺そのものについても「様々な見方がある」「歴史家がひもとくもの」としてついにその事実を認めるに至りませんでした。これは実質的に朝鮮人虐殺の事実を否定する行為です。

また財務大臣と副総理大臣という立場にある麻生太郎が「ヒトラーの動機が正しかった」という旨の発言したこともご存知かと思います。麻生は過去に憲法を変えるために「ナチスの手法を見習うべき」という趣旨の発言もしています。

ヒトラーの動機が導いた結果がユダヤ人をはじめとした、ロマ族、障害者、同性愛者、「エホバの証人」を信仰する者たち、社会主義者など政治犯にされていた者たちに対する大量虐殺であったことら揺るぎない歴史の事実です。

 

東京都知事、そして副総理大臣という大きな権力を行使する者らが虐殺の歴史を否定・歪曲ましてや正当化するとき、その影響は社会全体へと波及していきます。

 

そしてそれは虐殺の再現にまで行き着きかねない恐ろしさがあります。

いえ、すでにそれは起きてしまっています。

 

昨年の7月に神奈川県相模原市にある障害者福祉施設で元職員による19人もの命を奪い26人が重傷を負う最悪の事件がおきて1年と2ヶ月になります。

この事件が日本社会に突きつけた問題に対して私たちは果たして正面から向き合ってこれたでしょうか。

麻生発言に対してこの社会がどんな態度をとるかはとても重要な意味があります。

私たちは絶対に麻生太郎を許してはならないし、辞職へと追い込む責任があります。

小池百合子に対しても同様です。

この者たちの発言は虐殺の扇動として罪に問われなければならないことを強く皆さんに訴えます。

 

「日本こそが世界に対する脅威」と先に述べましたが、相模原の事件は日本という国家社会がその内に暮らす人々に対しても、その生存権を脅かし脅威に晒していることを示しています。 

 

障害者たち、

 

そして、生活保護を申請しても窓口ではねのけられる餓死や自殺に追い込まれるひとたち、

 

そして、行政によって公園のテントが破壊され住む場所を奪われている野宿者たち、

 

そして、国策差別が扇動する暴言、暴力、果てには放火にまで至るヘイトクライムの被害にあう在日朝鮮人たち、

朝鮮学校に対する無償化除外という国策差別に対して大阪地裁での画期的な判決がくだされたにもかかわらず、続く東京地裁ではあらためてこの国策差別を容認する不当判決がくだされてしまいました。

 

そして、米軍基地が集中する沖縄で米軍による暴力にさらされ続ける沖縄の人たち、

沖縄に対する構造的差別は米軍による被害だけでなく、新基地建設に反対する人をひき逃げするというほどのおぞましいヘイトクライムを招いています。

 

そして、入管に無期限の拘留状態に置かれ、職員による日常的な虐待に晒されている人たち、

 

そして、今も放射性物質を垂れ流し続けの状況で、なおも汚染地域から避難する権利を保障されず被曝され続けている人びと、被爆労働者たち、

東電が認めて公表しているだけでも3.11以降に福島原発1号機の作業員のうち17名が亡くなっています。

すでに川内(1.2号機)・伊方(3号機)・高浜(3.4号機)の原発を稼動させてしまっていますが、さらにここにきて福島原発事故を引き起こした東京電力新潟県柏崎刈羽原発6、7号機を再稼動させようとしています。

 

そして女性たち、

性暴力被害を告発しても死ぬ気で抵抗しなければ合意とみなす司法や、被害女性の服装や職業などを詮索して「落ち度」探しをはじめたり、加害者の男性が著名人であれば「売名行為」だの「ハニートラップ」だのと被害者バッシングが起きるような女性差別社会は女性に対する暴力を扇動し続けています。

 

そして、すべての死刑囚たち、

 

他にもたくさんありますので挙げきれませんが、これらの存在が面している危機は外からやってきているのではありません。それは日本政府であったり、もっと大きな日本という国家社会全体によってもたらされているのです。

 

私たちが反戦を訴えるとき、朝鮮への敵視政策をやめ、日米安保の廃棄・自衛隊の解体を訴えるとき、日本が侵略されたらどうするのだと言う人がいます。

しかし、日本という国家社会それ自体がその住民に対して殺し続けているという破綻した状況、さらには世界に向けて虐殺の加担を続けている状況を前にして「侵略されたらどうする」という問い自体が甚だおかしなものだと気付かされます。

なくなればいいじゃないですか、なくしたほうがいいじゃないですか、日本なんて。ともに生きていく社会を創りあげるためには日本をやめるしかないんじゃないかと思うのです。

 

だから、みなで唱えましょう。

はんにちわー!!!

 

 

四条河原町の交差点にさしかかろうとしたとき、赤信号でみんながとまると、

とつぜん警官が参加者のひとりに対して「主催者!前へ進むように言いなさい!」と拡声器を通して大きな声で何度も何度も言ってきました。

デモなので、もちろん前へは進んでいるし、進んできたからここまで来てるのです。

なのに大声で何度も何度も。

警察は、自分たちがリーダーをいただくピラミッド型の組織だからか、

私たちに対しても「リーダー」を見つけ出そうとし、「リーダー」に言うことをきかせようとしてきます。

しかし、私たちはいわゆる「リーダー」をつくりません。

誰もが対等に参加し、提案し、議論し、尊重し合い、選びとっていくのです。

権力を偏在させることが、私たちの生きづらい状況をつくっているのに、

自分たちのつながりの中に、同じように権力を偏在させようとすればそれは矛盾です。

どの参加者も、自分の思いを持って、自分の判断でここに集まっているのです。

 

と、そのとき、歩道をもそもそついて歩いてきていた公安が、ビデオカメラをこちらに向けているのに気づきました。

こんなとき、見ないふりして前に進んではいけません。

警察による撮影は、違法です。きちんと抗議して、やめさせなければいけません。

みんな口々に「撮影やめろ!」と言って公安につめよります。

撮影に猛烈に抗議するわたしたち

「デモ隊は前へ進みなさい!」と叫ぶ制服警官。中には抗議する私たちに向かって「早よ進めと言うとるんじゃ!!」とか「さっさと行けやっオラァ!」と物凄い形相で怒鳴り散らす者までいました。

 

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↑物凄い形相で怒鳴ってきた警察官

 

それらをけげんそうに見つめるバス待ちの人びと。

公安は最初、私たちの抗議が聞こえないような顔をしていましたが、ビデオカメラをしまいました。

警察は 自由なデモを じゃまするな

 

シュプレヒコール

日の丸を 焼こう 破こう 降ろそうよ

君が代を 流すのやめろ 歌わんぞ

天皇制 差別の根源 なくそうよ

「陛下」とか 「様」「様」つけるの やめましょう

「国民」に 統合されるの 拒否しよう

ヤスクニは 軍事施設だ つぶそうよ

入管は 殺人施設だ つぶそうよ

米軍の 押しつけゆるさん 沖縄へ

米軍は 世界のどこにも いらないぞ

自衛隊 日本の軍隊 なくそうよ

朝鮮の 敵視をやめろ いますぐに

国籍で ひとの生き方 せばめるな

廃止しよう 差別を生み出す 戸籍制度

やめにしよう 排除の祭典 オリンピック

 

 

その後も公安はデモのゴールに近い祇園の交差点までずっとついてきました。

そして、わたしたちが公園にさしかかると、違法に撮影したことを謝りもせず、そそくさと帰って行きました。これはとんでもないと思い、私たちはまだその場にいた所轄の警察官たち(東山署)に「撮影していた公安を呼んでこい。デモも終わって撮影の必要がなかったことも証明されたのだから私たちの眼の前で撮影したものを消させろ」と当然の要求しました。しかし、東山署の警察官らは「もうデモは終わりましたので」と言って逃げるように帰っていきます。

なので「違法な撮影を許すな!」「身内の犯罪をかばうな!」と逃げていく背中を追いかけながら叫び続けましたが、最終的には逃げられました。公安による盗撮については改めて抗議をしたいと思っています。

 

権力は、それに対し異議を申し立てる者をいつも黙らせようとします。

おとなしく言うことをきいていたら、しあわせになれるのでしょうか。

そんなことはないということは、この何十年かの歴史を見ても明らかです。

差別は、日増しにあらわになり、黙っていればいるほど、差別される者は排除され、

生きることをはばまれ、見えなくされていきます。

 

路上で、まちかどで、今いるところで、声をあげていくことをやめてはいけません。

 

わたしたちはこれからも、声をあげ続けます。

 

**かんじ つかって いません**

はん に ちわ!

ぜんかい の よる でも が すずしく て ぐあい よかっ た ので、 9 つき は ゆう でも という こと で よてい しました。


きこう も すっかり あきめいて、 おおく の みなさん が まちのぞんだ さん れんきゅう、 
なんと!ひじょう に つよい たいふう 18 ごう (たりむ) さん が
わたしたち の でも に さんか したい と ばかり に、 きんき ちほう を めざして ほくじょう して きて いると いうで は ありません か。
きほん、 しゅし に さんどう して いただける の であれ ば うぇるかむ で は ある の です が、 
ちょくげき と なると、 こうつう きかん に えいきょう が でたり して、 
た の さんかしゃ が あつまれなく なったり、 かえれなく なったり します。
ひとばん、 たいふう じょうほう と にらめっこ しながら だした こたえは、 
「よていどおり やりましょ」


あんうん たちこめる きょうと しない。 まだ にちぼつ まで は じかん が あると いうのに、 なんだか うすぐらい です。 あめ が いま に も ふりだしそう。
すたーと じてん で ついた けいかん は 3 ひと。 いつも は 2 ひと な のに、 たいふう しふと かしら?と おもったら、 
それ と は べつに、 ぼうし を かぶった めつき の わるい いちぐん が、 こちら を にらんで いるで は ありません か。
そう、 こうあん けいさつ です。
よんで ない よ!( けいび けいさつ も もちろん よんで ない)

 

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じつは、 でも しんせい の とき から すこし ようす が ちがって いました。
わざわざ きょか じょうけん (ほんらい、 でも は けんり な ので、 きょか とか なんせんす な ん だ けど ね) を よみあげたり、 あろう こと か、 「さつえい する」 と よこく して きたり。
もちろん、 さつえい は いほう です ので、 もし さつえい を はじめたら、 とうぜん こうぎ しましょう ね。 と おもいながら あるきはじめた の です が、 うし ろ から なにやら みょう な 圧 が … … ふりむくと、 けいさつ の おおがた じんいん ゆそうしゃ (つうしょう 「かまぼこ」) が ついて きてる。
よんで ない よ!

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《すぴーち》
みなさん、 はん に ちわ!はんにち ひこくみん しゅうだん です ♪

まいど の よう に でも を して ます が、 きょう は まず いま わたしたち に つきまとって いる きょうと ふけい ちゅうきょうしょ の けいさつたち に こうぎ する ところ から はじめたい と おもいます。

みなさん、 そもそも でも という の は わたしたち の じゆう であり、 ほんらい だれ から も きょか を うける よう な もの であっ て は いけません。 しかし、 ふとう な こうあん じょうれい によって それ が きょうせい されて いるという じょうきょう に あります。
わたしたち は こうあん じょうれい の ふとうせい と その はいし を うったえます。

そして、 けいさつたち へ。 ふとう な こうあん じょうれい を たて に じゆう な でも にたいする かんしょう を する の を やめろ!せんじつ、 でも の 「きょかしょう」 を とりに いった さい に、 けいび かちょう まで つれて きて でも の きょか じょうけん について わざわざ かくにん し、 それ を まもる こと を やくそく させよう と した こと について こうぎ する。
そもそも じゆう な でも にたいして 「きょか じょうけん」 など という ふとう な じょうけん を つけられるなど と かんちがい を するな!
どうろ の ひだりはし に よれだ と か、 はやく あるけなど という の は まったく ふとう な でも にたいする かんしょう であり、 そんな こと を われわれ は ゆるさない!
そして、 ふとう な 「きょか じょうけん」 が まもられなけれ ば でも さんかしゃ を さつえい すると おどしを かけて きた こと にたいして、 これ にたいする てっかい と しゃざい を ようきゅう する!
きょうとふがく れん じけん の はんれい において けいさつかん による さつえい が きょよう される の は 「げんに はんざい が おこなわれ もしくは おこなわれた のちかん が ない と みとめられる ばあい であっ て、 しかも しょうこ ほぜん の ひつようせい および きんきゅうせい が あり、 かつ その さつえい が いっぱんてき に きょよう される げんど を こえない そうとう な ほうほう を もって おこなわれる とき である」 と されて おり、 これ は それ を みたさない かぎり は けいさつかん の さつえい は いほう である こと を しめして いる。
こんかい、 ちゅうきょうしょ が でも の 「きょか じょうけん」 が まもられなけれ ば さつえい すると おどしを かけた という こと は けいさつ が 「きょか じょうけん」 いはん を 「はんざい が おこなわれて いる」 じょうきょう として にんしき して いる こと を しめすが、 こんな とんでも ない こと を ゆるす わけ に は いかない。
しょかつ けいさつしょ および こうあん いいんかい が ふして くる 「きょか じょうけん」 なる もの にたいして あたかも ほう として の けんりょく が あるか の よう に あつかい、 とりしまり の きじゅん と する こと は、 あきらか に けいさつけん および ぎょうせいけん の らんよう であり けんぽう いはん である。
これ を ゆるして しまえば、 けいさつ および こうあん いいんかい は でも にたいして 「きょか じょうけん」 を もって いくらでも じゆう に きせい できる こと に なって しまう。 そんな ばかげた こと を ゆるして は ならない!
でも は じゆう だ!
きょうと ふけい よ!あなたら の なかま である とうきょう の けいしちょう こうあんぶ は けいさんしょう まえ で だつげんぱつ を うったえる しみん を 「むとどけ でも を せんどう した」 と の ようぎ で たいほ するという ぼうきょ を はたらいた。
わたしたち は この ふとう たいほ ・ だんあつ を ぜったい に ゆるさない。 いま すぐ、 こうりゅう されて いる とうがい を かいほう しろ!

さて、 けいさつ に は た に も たくさん いいたい こと が たくさん あります が、 たくさん ありすぎるので つぎに うつります。

こんげつ だけ で すでに 2 かい にわたり、 ちょうせん の ひしょうたい が にっぽん の 「じょうくう」 を ひこう した から と J あらーと なる もの が はつどう されました。 いちぶ の でんしゃ は うんてん を やめたり、 てれび も しんぶん も、 ねっと にゅーす も さわぎまくります。
こくさい うちゅう すてーしょん の こうど を さらに うわまわる きどう に そって もの の すうふん で すぎさる もの を、 まるで にっぽん を ひょうてき に みさいる が はなたれた か の ごとく さわぎたて、 おそろしい きき に ひん して いるか の よう な えんしゅつ が なされて も それ に のせられない こと を みなさん に うったえます。
なぜなら、 こっか は そう やって 「てき」 から の きょうい を あおり みんしゅう の きょうふ を りよう する こと で せんそう へ と かりたてて いくから です。
すいばく じっけん に なーばす に なって いる かた も いるかも しれません が、 ひ - べい - かん による たい ちょうせん ぐんじ あつりょく こそ が ちょうせんはんとう の ひかくか を はばんで いるという こと を しっかり と にんしき して ください。 せかい で もっとも きけん な かくほゆうこく は ゆいいつ じっせん しよう まで した、 それ も にど も、 あめりか である こと は あきらか な こと であり、 その あめりか と の ま で ちょうせん せんそう が いまだ ていせん に いたって おらず、 にっぽん、 かんこく に べいぐん を おき 「ごうどう ぐんじ えんしゅう」 という じっしつてき な たい ちょうせん せんそう えんしゅう によって きょうい を あたえつづけて いる の です から。
ちょうせん が きょうい な の で は なく、 にっぽん こそ が せかい にたいする きょうい な の です。

そもそも ちょうせん や ちゅうごく にたいして も にっぽん こそ しんりゃく した がわ であり、 それ について ばいしょう も おこたって きて いる じじつ を わすれて は なりません。
そして、 「せんご」 と よばれる じだい に あって も なお にっぽん は あめりか の しんりゃく に いつも まっさき に さんどう して きょうりょく して きました。
ちょうせん せんそう に はじまって べとなむ せんそう、 いらく せんそう と さんか ・ きょうりょく して きた じじつ を けっして わすれて は なりません。


せんそう に かたん して きた 「せんごし」 を きおく しつづける こと は、 「せんご へいわ だった にっぽん」 という げんそう と は はっきり と ことなる にんしき を しめすという こと です。
はんせん ・ へいわ うんどう の なか で も、 まるで あべ せいけん に なって はじめて せんそう の きき が しょうじて いるか の よう な しゅちょう の され かた を みきき する こと が あります が、 それでは これ まで の にっぽん の せんそう かたん の ありかた について は これ を みとめて しまう こと に なります。


れきし を きょうくん として きおく しつづける の は おなじ あやまち を くりかえさない ため です。


かんとうだいしんさいじ に おこった ちょうせんじん ぎゃくさつ の ついとうしき にたいして ついとう ぶん を おくる こと を きょひ した こいけ ゆりこ とうきょう とちじ は、 それ について の けんかい を とわれ 「かんとうだいしんさい で ぎせい と なられた すべて の かたがた へ の ついとう の い を ひょう」 すと こたえました。
さて、 ここ に ちょうせんじん ぎゃくさつ の ひがいしゃたち は ふくまれるでしょう か?

ちょうせんじん ぎゃくさつ の ひがいしゃ と は はたして 「かんとうだいしんさい の ぎせい」 に なった の でしょう か?
あきらか に ちがうでしょう。
じしん という しぜん さいがい によって で は なく にっぽんじん によって ころされた の です。
こいけ ゆりこ とうきょう とちじ は さらに ちょうせんじん ぎゃくさつ そのもの について も 「さまざま な みかた が ある」「れきしか が ひもとく もの」 として ついに その じじつ を みとめるに いたりませんでした。 これ は じっしつてき に ちょうせんじん ぎゃくさつ の じじつ を ひてい する こうい です。
また ざいむ だいじん と ふくそうり だいじん という たちば に ある あそう たろう が 「ひとらー の どうき が ただしかっ た」 という むね の はつげん した こと も ごぞんじ か と おもいます。 あそう は かこ に けんぽう を かえる ため に 「なちす の しゅほう を みならうべき」 という しゅし の はつげん も して います。
ひとらー の どうき が みちびいた けっか が ゆだやじん を はじめ と した、 ろま ぞく、 しょうがいしゃ、 どうせいあいしゃ、 「えほば の しょうにん」 を しんこう する ものたち、 しゃかい しゅぎしゃ など せいじはん に されて いた ものたち にたいする たいりょう ぎゃくさつ であった ことら ゆるぎない れきし の じじつ です。


とうきょう とちじ、 そして ふくそうり だいじん という おおきな けんりょく を こうし する ものら が ぎゃくさつ の れきし を ひてい ・ わいきょく ましてや せいとうか する とき、 その えいきょう は しゃかい ぜんたい へ と はきゅう して いきます。


そして それ は ぎゃくさつ の さいげん に まで いきつきかねない おそろしさ が あります。
いえ、 すでに それ は おきて しまって います。


さくねん の 7 つき に かながわけん さがみはらし に ある しょうがいしゃ ふくし しせつ で もとしょくいん による 19 ひと も の いのち を うばい 26 ひと が じゅうしょう を おう さいあく の じけん が おきて 1 とし と 2 かげつ に なります。
この じけん が にっぽん しゃかい に つきつけた もんだい にたいして わたしたち は はたして しょうめん から むきあって これたでしょう か。
あそう はつげん にたいして この しゃかい が どんな たいど を とるか は とても じゅうよう な いみ が あります。
わたしたち は ぜったい に あそう たろう を ゆるして は ならない し、 じしょく へ と おいこむ せきにん が あります。
こいけ ゆりこ にたいして も どうよう です。
この ものたち の はつげん は ぎゃくさつ の せんどう として つみ に とわれなけれ ば ならない こと を つよく みなさん に うったえます。

「にっぽん こそ が せかい にたいする きょうい」 と さき に のべました が、 さがみはら の じけん は にっぽん という こっか しゃかい が その うち に くらす ひとびと にたいして も、 その せいぞんけん を おびやかし きょうい に さらして いる こと を しめして います。 

しょうがいしゃたち、 

そして、 せいかつ ほご を しんせい して も まどぐち で はねのけられる がし や じさつ に おいこまれる ひとたち、 

そして、 ぎょうせい によって こうえん の てんと が はかい されすむ ばしょ を うばわれて いる のじゅくしゃたち、 

そして、 こくさく さべつ が せんどう する ぼうげん、 ぼうりょく、 はて に は ほうか に まで いたる へいとくらいむ の ひがい に あう ざいにち ちょうせんじんたち、 
ちょうせん がっこう にたいする むしょうか じょがい という こくさく さべつ にたいして おおさか ちさい で の かっきてき な はんけつ が くだされた に も かかわらず、 つづく とうきょう ちさい で は あらためて この こくさく さべつ を ようにん する ふとう はんけつ が くだされて しまいました。

そして、 べいぐん きち が しゅうちゅう する おきなわ で べいぐん による ぼうりょく に さらされつづける おきなわ の ひとたち、 
おきなわ にたいする こうぞうてき さべつ は べいぐん による ひがい だけ でなく、 しんきち けんせつ に はんたい する ひと を ひきにげ すると いうほど の おぞましい へいとくらいむ を まねいて います。


そして、 にゅうかん に むきげん の こうりゅう じょうたい に おかれ、 しょくいん による にちじょうてき な ぎゃくたい に さらされて いる ひとたち、 

そして、 いま も ほうしゃせい ぶっしつ を たれながし つづけの じょうきょう で、 なおも おせん ちいき から ひなん する けんり を ほしょう されず ひばく されつづけて いる ひとびと、 ひばく ろうどうしゃたち、 
とうでん が みとめて こうひょう して いるだけ で も 3.11 いこう に ふくしま げんぱつ 1 ごうき の さぎょういん の うち 17 な が なくなって います。
すでに かわうち (1.2 ごうき) ・ いかた (3 ごうき) ・ たかはま (3.4 ごうき) の げんぱつ を かどう させて しまって います が、 さらに ここ に きて ふくしま げんぱつ じこ を ひきおこした とうきょうでんりょく が にいがたけん の かしわざき かりわ げんぱつ 6、 7 ごうき を さいかどう させよう と して います。

そして じょせいたち、 
せい ぼうりょく ひがい を こくはつ して も しぬ き で ていこう しなけれ ば ごうい と みなす しほう や、 ひがい じょせい の ふくそう や しょくぎょう など を せんさく して 「おちど」 さがしを はじめ たり、 かがいしゃ の だんせい が ちょめいじん であれ ば 「ばいめい こうい」 だの 「はにーとらっぷ」 だの と ひがいしゃ ばっしんぐ が おきる よう な じょせい さべつ しゃかい は じょせい にたいする ぼうりょく を せんどう しつづけて います。

そして、 すべて の しけいしゅうたち、 

た に も たくさん あります ので あげきれません が、 これら の そんざい が めんして いる きき は そと から やってきて いる の で は ありません。 それ は にっぽん せいふ であったり、 もっと おおきな にっぽん という こっか しゃかい ぜんたい によって もたらされて いる の です。

わたしたち が はんせん を うったえる とき、 ちょうせん へ の てきし せいさく を やめ、 にち べい あんぽ の はいき ・ じえいたい の かいたい を うったえる とき、 にっぽん が しんりゃく されたら どう する の だ と いう ひと が います。
しかし、 にっぽん という こっか しゃかい それ じたい が その じゅうみん にたいして ころしつづけて いるという はたん した じょうきょう、 さらに は せかい に むけて ぎゃくさつ の かたん を つづけて いる じょうきょう を まえ に して 「しんりゃく されたら どう する」 という とい じたい が はなはだ おかしな もの だ と きづかされます。
なくなれば いい じゃ ないです か、 なくした ほう が いい じゃ ないです か、 にっぽん なんて。 ともに いきて いく しゃかい を つくりあげる ため に は にっぽん を やめるしか ない ん じゃ ない か と おもう の です。

だから、 みな で となえましょう。
はん に ちわ ー!!!

 

 

しじょう かわらまち の こうさてん に さしかかろう と した とき、 あかしんごう で みんな が とまると、 
とつぜん けいかん が さんかしゃ の ひとり にたいして 「しゅさいしゃ!まえ へ すすむ よう に いいなさい!」 と かくせいき をとおして おおきな こえ で なんど も なんど も いって きました。
でも な ので、 もちろん まえ へ は すすんで いるし、 すすんで きた から ここ まで きてる の です。
なのに おおごえ で なんど も なんど も。
けいさつ は、 じぶんたち が りーだー を いただく ぴらみっどがた の そしき だ から か、 
わたしたち にたいして も 「りーだー」 を みつけだそう と し、 「りーだー」 に いう こと を きかせよう と して きます。
しかし、 わたしたち は いわゆる 「りーだー」 を つくりません。
だれ も が たいとう に さんか し、 ていあん し、 ぎろん し、 そんちょう しあい、 えらびとって いく の です。
けんりょく を へんざい させる こと が、 わたしたち の いき づらい じょうきょう を つくって いるのに、 
じぶんたち の つながり の なか に、 おなじ よう に けんりょく を へんざい させよう と すれば それ は むじゅん です。
どの さんかしゃ も、 じぶん の おもい を もって、 じぶん の はんだん で ここ に あつまって いる の です。


と、 その とき、 ほどう を もそもそ ついて あるいて きて いた こうあん が、 びでおかめら を こちら に むけて いる の に きづきました。
こんな とき、 みない ふり して まえ に すすんで は いけません。
けいさつ による さつえい は、 いほう です。 きちんと こうぎ して、 やめさせなけれ ば いけません。
みんな くちぐち に 「さつえい やめろ!」 と いって こうあん に つめよります。
さつえい に もうれつ に こうぎ する わたしたち
「でもたい は まえ へ すすみなさい!」 と さけぶ せいふく けいかん。 なか に は こうぎ する わたしたち に むかって 「はや よ すすめと いうとる ん じゃ!!」 とか 「さっさと いけやっ おらぁ!」 と ものすごい ぎょうそう で どなりちらす もの まで いました。

 

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↑ものすごい ぎょうそう で どなって きた けいさつかん


それら を けげんそう に みつめる ばすまち の ひとびと。
こうあん は さいしょ、 わたしたち の こうぎ が きこえない よう な かお を して いました が、 びでおかめら を しまいました。


けいさつ は   じゆう な でも を   じゃ まするな


《しゅぷれひこーる》
ひのまる を   やこう   やぶこう   おろそう よ
きみがよ を   ながす の やめろ   うたわん ぞ
てんのうせい   さべつ の こんげん   なくそう よ
「へいか」 とか  「よう」「よう」 つけるの   やめましょう
「こくみん」 に   とうごう される の   きょひ しよう
やす くに は   ぐんじ しせつ だ   つぶそう よ
にゅうかん は   さつじん しせつ だ   つぶそう よ
べいぐん の   おしつけ ゆるさん   おきなわ へ
べいぐん は   せかい の どこ に も   いらない ぞ
じえいたい   にっぽん の ぐんたい   なくそう よ
ちょうせん の   てきし を やめろ   いま すぐ に
こくせき で   ひと の いきかた   せばめるな
はいし しよう   さべつ を うみだす   こせき せいど
やめ に しよう   はいじょ の さいてん   おりんぴっく

 


そのご も こうあん は でも の ごーる に ちかい ぎおん の こうさてん まで ずっと ついて きました。
そして、 わたしたち が こうえん に さしかかると、 いほう に さつえい した こと を あやまりも せず、 そそくさ と かえって いきました。 これ は とんでも ない と おもい、 わたしたち は まだ その ば に いた しょかつ の けいさつかんたち (ひがしやましょ) に 「さつえい して いた こうあん を よんで こい。 でも も おわって さつえい の ひつよう が なかっ た こと も しょうめい された の だ から わたしたち の め の まえ で さつえい した もの を けさせろ」 と とうぜん の ようきゅう しました。 しかし、 ひがしやましょ の けいさつかんら は 「もう でも は おわりました ので」 と いって にげる よう に かえって いきます。
なので 「いほう な さつえい を ゆるすな!」「みうち の はんざい を かばうな!」 と にげて いく せなか を おいかけながら さけび つづけました が、 さいしゅうてき に は にげられました。 こうあん による ととについて は あらためて こうぎ を したい と おもって います。


けんりょく は、 それ にたいし いぎ を もうしたてる もの を いつも だまらせよう と します。
おとなしく いう こと を きいて いたら、 しあわせ に なれる の でしょう か。
そんな こと は ない という こと は、 この なん じゅうねん か の れきし を みて も あきらか です。
さべつ は、 ひましに あらわ に なり、 だまって いれば いるほど、 さべつ される もの は はいじょ され、 
いきる こと を はばまれ、 みえなく されて いきます。


ろじょう で、 まち か ど で、 いま いる ところ で、 こえ を あげて いく こと を やめて は いけません。


わたしたち は これから も、 こえ を あげつづけます。

8月20日デモ報告*8がつ 20にち でも ほうこく

**ふたつめ かんじ つかって いません**

 

みなさん、はんにちわー

毎日毎日飽きずに暑いですね!
日中はできるだけ動かずに、涼しい部屋でごろんごろんしていたいものですね。
というわけで、今回は夜デモにしてみました。

夕闇迫る三条河原にぞくぞくと反日非国民が集まります。
夜だから、暗くてプラカードとか見えないかも…?って心配は無用です。
夜の河原町通りは、私たちのようなデモ隊がつまづかないようにでしょうか、
店のあかりや道路照明で、昼間のように明るいです。
そんな中を、いつものようにゆっくりと踏みしめるように歩いていきます。

《スピーチ》
〜通りをご通行中のみなさん、はんにちわ。反日非国民集団です。

 

アメリカ合衆国南部のヴァージニア州シャーロッツビルで白人至上主義を掲げる人種差別主義者らによる憎悪扇動

、憎悪殺人の映像が連日私たち含む世界へと発信されています。

みなさんは、これをどのように受けとめていらっしゃるでしょうか?

 

なかには「在特会」のような日本の排外主義団体をその姿に重ねてみたかたもいるかもしれません。

確かに、日本社会における排外主義もまたアメリカに引けを取らず激しくあります。「在特会」の登場を待たずともたとえば90年代の朝鮮学校に通う女生徒の制服を切り裂く「チマチョゴリ切り裂き事件」が頻発しました。2002年の日朝会談で「拉致事件」がクローズアップされ日本の朝鮮悪魔化が最高潮に達して以降、朝鮮学校生徒に対する暴行事件、学校への脅迫電話などは一層烈しいものとなりました。今年の5月には名古屋で在日朝鮮系の信用金庫に対する放火事件まで起きてしまいました。先日この事件に対して名古屋地裁で判決がくだされました。懲役2年、執行猶予4年だそうです。

白昼、たくさんの利用者がいてもおかしくなかった銀行への放火に対して懲役2年、それも執行猶予付きという判決をどう捉えていいのか私には言葉がありません。

 

韓国や中国からの観光客などに対して差別排外主義をあらわに入店・接客拒否をする商店や、接客と称して嫌がらせ行為に及ぶ事例も少なくありません。

そして、平和と自由をもとめる社会運動においてすら「国民なめんな!」といった私たち反日非国民を露骨に排除する言葉が選ばれ叫ばれ続けていたりもします。

排外主義はそれほど日本社会全体の隅々にまで蔓延しています。

それは日本政府という国家権力こそが差別排外主義を先導・扇動してきたからではないでしょうか。

 

2010年から続く朝鮮学校生徒に対する無償化除外という差別に対して、先月に大阪地裁で画期的な判決が出ました。国による朝鮮学校への無償化適用除外について「無償化法の趣旨を逸脱しており、違法、無効だ」として適用を義務付けたのです。

三権分立などとっくに形骸化しているといってよいほど日本の裁判所は国家が相手の裁判ではまともな判決を書いた試しがほとんどありません。そんな中で得られた勝訴は特別な意味があります。

排外主義を隠すこともなく国は控訴をしましたが、今すぐ差別を認めて、遡って支給をしろ!とみなさんも声をあげてください。

国が朝鮮学校に対する無償化除外を決定して以来、そして、昨年に文科相朝鮮学校に対する補助金支給について「通達」という圧力を加えてからはさらに拍車をかけるように、朝鮮学校に対する補助金支給を凍結する自治体が増えました。国が先導・扇動する差別はこうして地方へと拡大していき、また、メディアや文化人らの無責任な偏見・差別も垂れ流され、民間のヘイトクライムへとすべて繋がっているのです。

私たちは地方自治体に対しても国の差別政策になびくように補助金支給凍結などという差別を即刻あらためて在日朝鮮人の民族教育権を保障することを強く要求します。

 

そして、この差別・排外主義を利用しながら進められている軍事化にも私たちは抗っていきます。

在日朝鮮人に対する官民問わずふきあがる差別排外主義と朝鮮敵視政策は一体のものであり、朝鮮を悪魔化し「仮想敵」としてその脅威を煽ることによって政府は制度面も含めてこの社会の軍事化を正当化して進めてきました。秘密保護法も、戦争法も、共謀罪もみなそうです。

2006年以来すでに10年以上も続く朝鮮制裁に国会議員のうち誰1人として反対の声をあげたことのない状況を不問にしたまま「野党共闘」を叫ぶ運動はあまりに滑稽です。

 

戦争は差別を利用します。ひとびとを「敵」と「味方」にわけ、「敵国民」として朝鮮人を排除してきたし、「国家の安全保障」の名のもとに沖縄を米軍基地化して犠牲を強要してきました。

排他的かつ戦争主体としての「国民国家」というシステムが恣意的に引く境界線によって私たちの基本的な生の条件がいたるところで脅かされているのです。

日本で生まれ育ったにもかかわらず両親がオーバーステイだとして強制送還の危機におびえる家族がいます。

安価な労働力として搾取して使い捨てにされたあげく、入管に拉致監禁されている人々がいます。持病があるにもかかわらず、あるいは拘禁された生活の中で心身の健康が脅かされてもまともな医療を受けさせない虐待状況が入管ではまかりとおっていることを知ってください。

そして抗議してください。

 

そんな国民国家の「象徴」とされる天皇明仁が先週8月15日の全国戦没者追悼式で「過去を顧み、深い反省」と述べたことに対して、戦争を煽る安倍政権と比較しながら、明仁をまるで平和主義者のように賞賛する声があります。とんでもないナンセンスです。

明仁の父である天皇裕仁は侵略・植民地支配、大量殺戮の最高責任者でありながら敗戦後もその責任を一切とることなく自らの保身と引き換えに沖縄を米軍基地化しました。

そんな裕仁から天皇の地位を継承した明仁がその生涯をかけて成し遂げようとしたことは天皇侵略戦争・植民地支配責任をひたすら隠ぺいし、天皇制という戦争主体としての国民統合機能の存続です。

明仁が口を開くたびに上塗りされるのはこの日本社会の無責任の体系です。

 

無責任の体系、日本軍性奴隷制の被害女性たちに対する日本社会の態度はそれをもっともよくあらわしているように私には見えます。

対朝鮮軍事協力を目論む日韓政府による被害者を蚊帳の外においてなされた破廉恥でなんの正当性もない「日韓合意」に胡座をかき、公式謝罪と法的賠償、真相究明、記憶の継承、そして責任者処罰を訴える声に対して知らんふり、果ては逆ギレを続ける加害国日本の市民たち一人ひとりのなかに天皇制が息づいています。

 

天皇制と平和は共存不可能です。天皇制は戦争のためにあります。天皇制とは身分制です。天皇制とは差別の別名です。私たちはともに天皇制を潰すことを呼びかけます!

 


夏の夜は、みなさん少し開放的になるのでしょうか。
沿道からは、明らかに怒号ではない声援や、シュプレヒコールを唱和する声も。
私たちの太鼓のリズムに合わせてからだを揺らす人も見かけました。

シュプレヒコール
日の丸を 焼こう 破こう 降ろそうよ

君が代を 流すのやめろ 歌わんぞ

天皇制 差別の根源 なくそうよ

「陛下」とか 「様」「様」つけるの やめましょう

「国民」に 統合されるの 拒否しよう

ヤスクニは 軍事施設だ つぶそうよ

入管は 殺人施設だ つぶそうよ

米軍の 押しつけゆるさん 沖縄へ

米軍は 世界のどこにも いらないぞ

自衛隊 日本の軍隊 なくそうよ

朝鮮の 敵視をやめろ いますぐに

国籍で ひとの生き方 せばめるな

廃止しよう 差別を生み出す 戸籍制度

やめにしよう 排除の祭典 オリンピック

 

 

しかし、そんな私たちの声を、京都府警の警官たちは、
「前に進んで!!!」(←進んでるからここまで来てるがな…)
「(交差点を)渡りきって!!」(←言うてる間に渡りおわるがな…)
「左に寄ってください!!」(←これ以上左に寄ってええんか…?)
「もう8時になりますよ!!」(←誰も時間はきいてへんがな…)
等々、ものすごい大声でかきけそうとします。
「警察、うるさーい!」
警察は、なんとかして私たちの主張が人びとに伝わるのをじゃましたいのでしょうか。
ということは、もっともっと私たちは沿道にじっくりしっかり伝えていかなくてはなりませんね。
私たちは、沿道のみなさんに伝えたいことがあるからデモをしているわけで、
警察の怒声ばかりを聞かせる機会をわざわざつくっているわけではありません。

警察は 自由なデモを じゃまするな!!

さてさて、そんな「デモじゃまし隊」の警察、なぜか毎回四条大橋のあたりでヒートアップします。
警察が大声でデモをじゃましてくるものだから、私たちが抗議をしていると、
沿道から「交通のじゃまなんじゃ!」という声。
警察ではない、通行人の方からのご意見でした。

ねえみなさん、
日本に住む朝鮮人の女の子が、スカートを切られたり、
朝鮮にゆかりのある銀行が放火されたりしていて、
そんな差別を止めなくてはならないはずの政府は、朝鮮学校を高校無償化から不当に除外してるんですよ。
法務省入管は日本に住みたいという外国人を無期限で閉じ込め、満足な医療も与えず殺してるんですよ。
障害者を何人も惨殺したうえ、安倍首相にそれを手柄として報告してる人がいるんですよ。
政府と電力会社は地方に原子力発電所をおしつけ、原料の生産段階から被ばく労働を貧しい人におしつけ、
いざ原発が事故を起こしたら、避難しようとする人の生活の保障をしないどころか、
汚染された地域に戻ることを推奨することで、その地方の人びとを分断しているんですよ
政府は、そこに住む人が「いやだ」といっているのに、法をやぶってまで、美しい沖縄に軍事基地をつくって、
また人を殺す段取りをしようとしているんですよ。
日本の軍隊に騙されたりさらわれたりして、性奴隷にされた女の人を、
いまだにうそつきよばわりする人がたくさんいるんですよ。
日本の人を何百万人も殺したうえ、アジアの人を何千万人も殺した人は、
いまもあいかわらず「てんのう」って呼ばれて、下にも置かない扱いを受けてるんですよ。
そんなときに、いつもどおりぶいぶいと交通を動かしてていいんですか?
差別、排外をその仕組みに組み入れて、進めるほどに誰かを生きづらくさせていく、
こんな社会を、いつもどおりぶいぶいと動かしていてはいけません。

 


“そのために車が、バスが思うように進めなくなる、とまるこの瞬間・空間をどこまでも広げていきたいのです。
原発をとめ、死刑執行をとめ、入管による暴力をとめ、
天皇制が続くのをとめ、日の丸が掲げられるのをとめ、流れてくる君が代をとめ、
野宿者排除をとめ、排除の祭典であるオリンピックをとめ、
米軍基地建設をとめ、そもそも米軍基地の根拠ともなる日米安保体制をとめ、
朝鮮敵視政策をとめ、在日朝鮮人への差別政策をとめたいのです。
そして、みなさんの歩みをいったんとめて訴えを聞いて欲しいのです。”

 これは、とある活動家のことばです。
「交通のじゃまをすること」を、とても悪いこととして、できるだけ避けているうちに、
社会はどんどん差別の度合いを増しています。
そして「交通のじゃまをすること」を、とても悪いこととしながら、皇族や政府の「要人」が通る際の交通規制には
ものを言わないことを続けていたら、道路は為政者のものになってしまうじゃないですか。

道路は人民のものです。
人が通ったり、出会ったり、おしゃべりをしたり、何かを見たり見せたりするところです。

道路を取り戻しましょう。

 

*かんじ つかって いません*

 

みなさん、 はんにちわ ー

 

まいにち まいにち あきず に あつい です ね!

にっ ちゅう は できるだけ うごかず に、 すずしい へや で ごろん ごろん して いたい もの です ね。

という わけ で、 こんかい は よる でも に して みました。

ゆうやみ せまる さんじょう かわら に ぞくぞく と はんにち ひこくみん が あつまります。

よる だ から、 くらく て ぷらかーど とか みえない かも …?って しんぱい は むよう です。

よる の かわらまちどおり は、 わたしたち の よう な でもたい が つま づかない よう に でしょう か、 

みせ の あかり や どうろ しょうめい で、 ひるま の よう に あかるい です。

そんな なか を、 いつも の よう に ゆっくり と ふみしめる よう に あるいて いきます。

 

《すぴーち》

〜とおり を ごつうこう ちゅう の みなさん、 はんにちわ。 はんにち ひこくみん しゅうだん です。

 

あめりか がっしゅうこく なんぶ の ゔぁーじにあ しゅう、 しゃーろっつびる で はくじん しじょう しゅぎ を かかげる じんしゅ さべつ しゅぎしゃら による ぞうお せんどう、 ぞうお さつじん の えいぞう が れんじつ わたしたち ふくむ せかい へ と はっしん されて います。

みなさん は、 これ を どの よう に うけとめて いらっしゃるでしょう か?

 

なかには 「ざいとっかい」 の よう な にっぽん の はいがい しゅぎ だんたい を その すがた に かさねて みた かた も いるかも しれません。

たしか に、 にっぽん しゃかい における はいがい しゅぎ も また あめりか に ひけ を とらず はげしく あります。 「ざいとっかい」 の とうじょう を またず とも たとえば 90 ねんだい の ちょうせん がっこう に かよう じょ せいと の せいふく を きりさく 「ちまちょごり きりさき じけん」 が ひんぱつ しました。 2002 ねん の にっ ちょう かいだん で 「らち じけん」 が くろーずあっぷ され にっぽん の ちょうせん あくまか が さいこうちょう に たっして いこう、 ちょうせん がっこう せいと にたいする ぼうこう じけん、 がっこう へ の きょうはく でんわ など は いっそう はげしい もの と なりました。 ことし の 5 がつ に は なごや で ざいにち ちょうせんけい の しんようきんこ にたいする ほうか じけん まで おきて しまいました。 せんじつ この じけん にたいして なごや ちさい で はんけつ が くだされました。 ちょうえき 2 ねん、 しっこう ゆうよ 4 ねん だ そう です。

はくちゅう、 たくさん の りようしゃ が いて も おかしく なかった ぎんこう へ の ほうか にたいして ちょうえき 2 ねん、 それ も しっこう ゆうよつき という はんけつ を どう とらえて いい の か わたし に は ことば が ありません。

 

かんこく や ちゅうごく から の かんこう きゃく など にたいして さべつ はいがい しゅぎ を あらわ に にゅうてん ・ せっきゃく きょひ を する しょうてん や、 せっきゃく と しょうして いやがらせ こうい に およぶ じれい も すくなく ありません。

そして、 へいわ と じゆう を もとめる しゃかい うんどう において すら 「こくみん なめん な!」 といった わたしたち はんにち ひこくみん を ろこつ に はいじょ する ことば が えらばれ さけばれ つづけて いたり も します。

はいがい しゅぎ は それほど にっぽん しゃかい ぜんたい の すみずみ に まで まんえん して います。

それ は にっぽん せいふ という こっか けんりょく こそ が さべつ はいがい しゅぎ を せんどう ・ せんどう して きた から で は ないでしょう か。

 

2010ねん から つづく ちょうせん がっこう せいと にたいする むしょうか じょがい という さべつ にたいして、 せんげつ に おおさか ちさい で かっきてき な はんけつ が でました。 くに による ちょうせん がっこう へ の むしょうか てきよう じょがい について 「むしょうか ほう の しゅし を いつだつ して おり、 いほう、 むこう だ」 として てきよう を ぎむづけた の です。

さんけんぶんりつ など とっくに けいがいか して いると いって よい ほど にっぽん の さいばんしょ は こっか が あいて の さいばん で は まとも な はんけつ を かいた ためし が ほとんど ありません。 そんな なか で えられた しょうそ は とくべつ な いみ が あります。

はいがい しゅぎ を かくす こと も なく くに は こうそ を しました が、 いま すぐ さべつ を みとめて、 さかのぼって しきゅう を しろ!と みなさん も こえ を あげて ください。

くに が ちょうせん がっこう にたいする むしょうか じょがい を けってい して いらい、 そして、 さくねん に もんかしょう が ちょうせん がっこう にたいする ほじょきん しきゅう について 「つうたつ」 という あつりょく を くわえて から は さらに はくしゃ を かける よう に、 ちょうせん がっこう にたいする ほじょきん しきゅう を とうけつ する じちたい が ふえました。 くに が せんどう ・ せんどう する さべつ は こうして ちほう へ と かくだい して いき、 また、 めでぃあ や ぶんかじんら の むせきにん な へんけん ・ さべつ も たれながされ、 みんかん の へいとくらいむ へ と すべて つながって いる の です。

わたしたち は ちほう じちたい にたいして も くに の さべつ せいさく に なびく よう に ほじょきん しきゅう とうけつ など という さべつ を そっこく あらためて ざいにち ちょうせんじん の みんぞく きょういくけん を ほしょう する こと を つよく ようきゅう します。

 

そして、 この さべつ ・ はいがい しゅぎ を りよう しながら すすめられて いる ぐんじか に も わたしたち は あらがって いきます。

ざいにち ちょうせんじん にたいする かんみん とわず ふき あがる さべつ はいがい しゅぎ と ちょうせん てきし せいさく は いったい の もの であり、 ちょうせん を あくまか し 「かそう てき」 として その きょうい を あおる こと によって せいふ は せいどめん も ふくめて この しゃかい の ぐんじか を せいとうか して すすめて きました。 ひみつ ほごほう も、 せんそうほう も、 きょうぼうざい も みなそう です。

2006ねん いらい すでに 10 ねん いじょう も つづく ちょうせん せいさい に こっかい ぎいん の うち だれ ひとり として はんたい の こえ を あげた こと の ない じょうきょう を ふもん に した まま 「やとう きょうとう」 を さけぶ うんどう は あまりに こっけい です。

 

せんそう は さべつ を りよう します。 ひとびとを 「てき」 と 「みかた」 に わけ、 「てき こくみん」 として ちょうせんじん を はいじょ して きた し、 「こっか の あんぜん ほしょう」 の な の もと に おきなわ を べいぐん きちか して ぎせい を きょうよう して きました。

はいたてき かつ せんそう しゅたい として の 「こくみん こっか」 という しすてむ が しいてき に ひく きょうかいせん によって わたしたち の きほんてき な せい の じょうけん が いたる ところ で おびやかされて いる の です。

にっぽん で うまれそだった に も かかわらず りょうしん が おーばーすてい だ として きょうせい そうかん の きき に おびえる かぞく が います。

あんか な ろうどうりょく として さくしゅ して つかいすて に された あげく、 にゅうかん に らち かんきん されて いる ひとびと が います。 じびょう が あるに も かかわらず、 あるいは こうきん された せいかつ の なか で しんしん の けんこう が おびやかされて も まとも な いりょう を うけさせない ぎゃくたい じょうきょう が にゅうかん で は まかりとおって いる こと を しって ください。

そして こうぎ して ください。

 

そんな こくみん こっか の 「しょうちょう」 と される てんのう あきひと が せんしゅう 8 がつ 15 にち の ぜんこく せんぼつしゃ ついとうしき で 「かこ を かえりみ、 ふかい はんせい」 と のべた こと にたいして、 せんそう を あおる あべ せいけん と ひかく しながら、 あきひと を まるで へいわ しゅぎしゃ の よう に しょうさん する こえ が あります。 とんでも ない なんせんす です。

あきひと の ちち である てんのう ひろひと は しんりゃく ・ しょくみんち しはい、 たいりょう さつりく の さいこう せきにんしゃ であり ながら はいせんご も その せきにん を いっさい とる こと なく みずから の ほしん と ひきかえ に おきなわ を べいぐん きちか しました。

そんな ひろひと から てんのう の ちい を けいしょう した あきひと が その しょうがい を かけて なしとげよう と した こと は てんのう の しんりゃく せんそう ・ しょくみんち しはい せきにん を ひたすら いんぺい し、 てんのうせい という せんそう しゅたい として の こくみん とうごう きのう の そんぞく です。

あきひと が くち を ひらく たび に うわぬり される の は この にっぽん しゃかい の むせきにん の たいけい です。

 

むせきにん の たいけい、 にっぽんぐんせい どれいせい の ひがい じょせいたち にたいする にっぽん しゃかい の たいど は それ を もっとも よく あらわして いる よう に わたし に は みえます。

たい ちょうせん ぐんじ きょうりょく を もくろむ にっ かん せいふ による ひがいしゃ を かや の そと において なされた はれんち で なん の せいとうせい も ない 「にっ かん ごうい」 に あぐら を かき、 こうしき しゃざい と ほうてき ばいしょう、 しんそう きゅうめい、 きおく の けいしょう、 そして せきにんしゃ しょばつ を うったえる こえ にたいして しらん ふり、 はては ぎゃくぎれ を つづける かがいこく にっぽん の しみんたち ひとりひとり の なか に てんのうせい が いきづいて います。

 

てんのうせい と へいわ は きょうぞん ふかのう です。 てんのうせい は せんそう の ため に あります。 てんのうせい と は みぶんせい です。 てんのうせい と は さべつ の べつめい です。 わたしたち は ともに てんのうせい を つぶす こと を よびかけます!

 

 

 

なつ の よる は、 みなさん すこし かいほうてき に なる の でしょう か。

えんどう から は、 あきらか に どごう で は ない せいえん や、 しゅぷれひこーる を しょうわ する こえ も。

わたしたち の たいこ の りずむ に あわせて から だ を ゆらす ひと も みかけました。

 

 

《しゅぷれひこーる》

ひのまる を   やこう   やぶこう   おろそう よ

きみがよ を   ながす の やめろ   うたわん ぞ

てんのうせい   さべつ の こんげん   なくそう よ

「へいか」 とか  「さま」「さま」 つけるの   やめましょう

「こくみん」 に   とうごう される の   きょひ しよう

やすくに は   ぐんじ しせつ だ   つぶそう よ

にゅうかん は   さつじん しせつ だ   つぶそう よ

べいぐん の   おしつけ ゆるさん   おきなわ へ

べいぐん は   せかい の どこ に も   いらない ぞ

じえいたい   にほん の ぐんたい   なくそう よ

ちょうせん の   てきし を やめろ   いま すぐ に

こくせき で   ひと の いきかた   せばめるな

はいし しよう   さべつ を うみだす   こせき せいど

やめ に しよう   はいじょ の さいてん   おりんぴっく

 

 

 

しかし、 そんな わたしたち の こえ を、 きょうと ふけい の けいかんたち は、 

「まえ に すすんで!!!」(← すすんでるから ここ まで きてるが な …)

「(こうさてん を) わたりきって!!」(← ゆうてる ま に わたりおわるが な …)

「ひだり に よって ください!!」(← これ いじょう ひだり に よって ええ ん か …?)

「もう 8 じ に なります よ!!」(← だれ も じかん は きいて へん が な …)

とうとう、 ものすごい おおごえ で かきけそう と します。

「けいさつ、 うるさ ー い!」

けいさつ は、 なんと かして わたしたち の しゅちょう が ひとびと に つたわる の を じゃま したい の でしょう か。

という こと は、 もっと もっと わたしたち は えんどう に じっくり しっかり つたえて いかなく て は なりません ね。

わたしたち は、 えんどう の みなさん に つたえたい こと が あるから でも を して いる わけ で、 

けいさつ の どせい ばかり を きかせる きかい を わざわざ つくって いる わけ で は ありません。

 

けいさつ は   じゆう な でも を   じゃま するな!

 

さて さて、 そんな 「でも じゃま し たい」 の けいさつ、 なぜ か まいかい しじょう おおはし の あたり で ひーとあっぷ します。

けいさつ が おおごえ で でも を じゃま して くる もの だ から、 わたしたち が こうぎ を して いると、 

えんどう から 「こうつう の じゃま なんじゃ!」 という こえ。

けいさつ で は ない、 つうこうにん の ほう から の ごいけん でした。

 

ねえ みなさん、 

にっぽん に すむ ちょうせんじん の おんなのこ が、 すかーと を きられたり、 

ちょうせん に ゆかり の ある ぎんこう が ほうか されたり して いて、 

そんな さべつ を とめなく て は ならない はず の せいふ は、 ちょうせん がっこう を こうこう むしょうか から ふとう に じょがい してる ん です よ。

ほうむしょう にゅうかん は にっぽん に すみたい という がいこくじん を むきげん で とじこめ、 まんぞく な いりょう も あたえず ころしてる ん です よ。

しょうがいしゃ を なんにん も ざんさつ した うえ、 あべ しゅしょう に それ を てがら として ほうこく してる ひと が いる ん です よ。

せいふ と でんりょく かいしゃ は ちほう に げんしりょく はつでんしょ を おしつけ、 げんりょう の せいさん だんかい から ひばく ろうどう を まずしい ひと に おしつけ、 

いざ げんぱつ が じこ を おこしたら、 ひなん しよう と する ひと の せいかつ の ほしょう を しない どころか、 

おせん された ちいき に もどる こと を すいしょう する こと で、 その ちほう の ひとびと を ぶんだん して いる ん です よ

せいふ は、 そこ に すむ ひと が 「いや だ」 と いって いるのに、 ほう を やぶって まで、 うつくしい おきなわ に ぐんじ きち を つくって、 

また ひと を ころす だんどり を しよう と して いる ん です よ。

にっぽん の ぐんたい に だまされたり さらわれたり して、 せい どれい に された おんな の ひと を、 

いまだに うそつき よばわりする ひと が たくさん いる ん です よ。

にっぽん の ひと を なん びゃく まんにん も ころした うえ、 あじあ の ひと を なん ぜん まんにん も ころした ひと は、 

いま も あいかわらず 「てん のう」 って よばれて、 した に も おかない あつかい を うけてる ん です よ。

そんな とき に、 いつも どおり ぶいぶいと こうつう を うごかしてて いい ん です か?

さべつ、 はいがい を その しくみ に くみいれて、 すすめるほど に だれか を いき づらく させて いく、 

こんな しゃかい を、 いつも どおり ぶいぶいと うごかして いて は いけません。

 

“その ため に くるま が、 ばす が おもう よう に すすめなく なる、 とまる この しゅんかん ・ くうかん を どこ まで も ひろげて いきたい の です。

げんぱつ を とめ、 しけい しっこう を とめ、 にゅうかん による ぼうりょく を とめ、 

てんのうせい が つづく の を とめ、 ひのまる が かかげられる の を とめ、 ながれて くる きみがよ を とめ、 

のじゅくしゃ はいじょ を とめ、 はいじょ の さいてん である おりんぴっく を とめ、 

べいぐん きち けんせつ を とめ、 そもそも べいぐん きち の こんきょ と も なる にち べい あんぽ たいせい を とめ、 

ちょうせん てきし せいさく を とめ、 ざいにち ちょうせんじん へ の さべつ せいさく を とめたい の です。

そして、 みなさん の あゆみ を いったん とめて うったえ を きいて ほしい の です。 ”

 

 

これ は、 とある かつどうか の ことば です。

「こうつう の じゃま を する こと」 を、 とても わるい こと として、 できるだけ さけて いる うち に、 

しゃかい は どんどん さべつ の どあい を まして います。

そして 「こうつう の じゃま を する こと」 を、 とても わるい こと と しながら、 こうぞく や せいふ の 「ようじん」 が とおる さい の こうつう きせい に は

もの を いわない こと を つづけて いたら、 どうろ は いせいしゃ の もの に なって しまうじゃ ないです か。

 

どうろ は じんみん の もの です。

ひと が かよったり、 であったり、 おしゃべり を したり、 なにか を みたり みせたり する ところ です。

 

どうろ を とりもどしましょう。

7月22日 反天皇@御所 * 7がつ 22にち はんてんのう あっと ごしょ

** ふたつめ は かんじ つかって いません **

 

みなさん、ごきげんよう、そしてはんにちわ。

 

先月、ささやかながら共謀祭を催した私たちですが、その際に色んなこれからやりたい企てが出ました。

http://kotokotonittei.hatenadiary.jp/entry/2017/07/10/113157

 

ということで、そのなかでも人気の高かった京都御所で(正確には御所を囲む御苑ですが)天皇制反対の集いを7月22日に催しました♪

 

こんな様子。

 

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反日・反天皇メッセージとこの日のために書き下ろして収録した4曲(「ハッハ反日」「ラップ」「コミュ」「天皇三世代」どれも名曲)を流しながら穏やかに、猛暑に晒されつつ語らいあっていたら、1時間ほど過ぎてでしょうか通りかかった管理者がこちらをジロジロ見て何やら電話を。

 

はい、警察がやってきました! 

 

まず御所専用の皇宮警察3名がやってきて、後から応援にと京都府警上京署からさらに3名やってきて、さらに所属不明の私服警官3名もやってきました。

 

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皇宮警察のパトカーは黒です。

 

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皇宮警察と助っ人でやってきた上京署の警察たち

 

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私服警官も参上

 

まず皇宮警察に言われたことは、このようにバナーとか広げて集うには許可がいるということ。

 

しかし、私たちは事前に京都御苑について調べていたのでそんな事実はないということ、またここでプラカやバナーを広げることが管理者にとって面白くなくとも警察が介入することではないということ(民事不介入)を一通り伝えると、なんやら私たちを放っておいて長々と相談し始める警察たち。

 

結局、管理者との間で拡声器の使用についてだけ話し合い管理者のほうは納得して帰っていきました。プラカードやバナーは一切問題になっていません。

 

つまり、最初の許可がいるというのはやはり真っ赤な嘘だったわけです。

 

警察は平気で嘘をつきます。

大事なことなのでもう一回。

警察は平気で嘘をつきます。

 

そこで皇宮警察は去りましたが上京署の警察たちと私服はまだその場に残ってなんやらアレコレ話し合う。

で、私たちのほうにやってきて職質をしてきました。

 

まず「日本人」かと訊かれました。

 

なんか、もう、さすがですね…さすがレイシズム大国ニッポン。「日本スゴイ!」ってやつです。

 

あとは団体名とか、この集いの目的とか…

 

もちろん、任意なのだから応じる気はないと回答拒否です。

上京署と私服もこれ以上はなにもできないので帰りました。

 

興味深かったのは、私たちのようにこの御苑で天皇制反対のメッセージを掲げて座り込んでるみたいな存在が前例のない初めての経験ということで上京署としても対応方針をはかりかねていたことでした。

 

ずーっと前からこんなに無駄にだだっ広い土地が用意されているのに、なんと前例がなかったらしいのです!

確かに私たちも今回が初であり、これを思いついたとき「なんで今までやらなかったんだろう」と思ったものでしたが…

 

そのことは天皇制が暴力によって維持されてきたことを物語るようです。

 

猛暑日でもあったので人の行き交いは寂しかったかもしれませんが、明仁上皇になったら京都御所で暮らすかもなんて話もあるので、今のうちから「ウェルカムされてると思うなよ!」「来たらいつもすぐそばで抗議やってやるからな!」という意思表示として初の試みですがやっておいてよかったです。

こういう前例を作って続けていくことは大事なんじゃないかなと思います。

 

てーーーーんーーーNO!!!

 

** かんじ つかって いません **

 

みなさん、 ごきげんよう、 そして はんにちわ。

せんげつ、 ささやか ながら きょうぼうさい を もよおした わたしたち です が、 その さい に いろんな これから やりたい くわだて が でました。
http://kotokotonittei.hatenadiary.jp/entry/2017/07/10/113157

という こと で、 その なか でも にんき の たかかっ た きょうと ごしょ で (せいかく に は ごしょ を かこむ ぎょえん です が) てんのうせい はんたい の つどい を 7 がつ 22 にち に もよおしました ♪

こんな ようす。

 

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はんにち ・ はんてんのう めっせーじ と この ひ の ため に かきおろして しゅうろく した 4 きょく (「はっは はんにち」「らっぷ」「こみゅ」「てんのう さん せだい」 どれ も めいきょく) を ながしながら おだやか に、 もうしょ に さらされつつ かたらいあって いたら、 1 じかん ほど すぎて でしょう か とおりかかった かんりしゃ が こちら を じろじろ みて なにやら でんわ を。

 

はい、 けいさつ が やってきました!

 

まず ごしょ せんよう の こうぐうけいさつ 3 めい が やってきて、 ご から おうえん に と きょうと ふけい かみぎょうしょ から さらに 3 めい やってきて、 さらに しょぞく ふめい の しふく けいかん 3 めい も やってきました。

 

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こうぐう けいさつ の ぱとかー は くろ です。

 

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こうぐう けいさつ と すけっと で やってきた かみぎょうしょ の けいさつたち

 

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しふく けいかん も さんじょう

 

まず こうぐう けいさつ に いわれた こと は、 この よう に ばなー とか ひろげて つどうに は きょか が いるという こと。

しかし、 わたしたち は じぜん に きょうと ぎょえん について しらべて いた ので そんな じじつ は ない という こと、 また ここ で ぷらか や ばなー を ひろげる こと が かんりしゃ にとって おもしろく なく とも けいさつ が かいにゅう する こと で は ない という こと (みんじ ふかいにゅう) を ひととおり つたえると、 なん やら わたしたち を ほうって おいて ながなが と そうだん しはじめる けいさつたち。

けっきょく、 かんりしゃ と の あいだ で かくせいき の しよう について だけ はなしあい かんりしゃ の ほう は なっとく して かえって いきました。 ぷらかーど や ばなー は いっさい もんだい に なって いません。

つまり、 さいしょ の きょか が いると いう の は やはり まっか な うそ だった わけ です。

けいさつ は へいき で うそ を つきます。
だいじ な こと な ので もう いっかい。
けいさつ は へいき で うそ を つきます。

そこで こうぐう けいさつ は さりました が かみぎょうしょ の けいさつたち と しふく は まだ その ば に のこって なん やら あれこれ はなしあう。
で、 わたしたち の ほう に やってきて しょくしつ を して きました。

まず 「にっぽんじん」 か と きかれました。

なんか、 もう、 さすが です ね … さすが れいしずむ たいこく にっぽん。 「にっぽん すごい!」 って やつ です。

あと は だんたいめい とか、 この つどい の もくてき とか …

もちろん、 にんい な の だ から おうじる き は ない と かいとう きょひ です。

かみぎょうしょ と しふく も これ いじょう は なに も できない ので かえりました。

きょうみ ぶかかっ た の は、 わたしたち の よう に この ぎょえん で てんのうせい はんたい の めっせーじ を かかげて すわりこんでる みたい な そんざい が ぜんれい の ない はじめて の けいけん という こと で かみぎょうしょ として も たいおう ほうしん を はかりかねて いた こと でした。

ずーっと まえ から こんなに むだ に だだっぴろい とち が ようい されて いるのに、 なんと ぜんれい が なかっ たらしい の です!
たしか に わたしたち も こんかい が はつ であり、 これ を おもいついた とき 「なんで いま まで やらなかった ん だろう」 と おもった もの でした が …

その こと は てんのうせい が ぼうりょく によって いじ されて きた こと を ものがたる よう です。

もうしょび で も あった ので ひと の いきかいは さびしかっ た かも しれません が、 あきひと が じょうこう に なったら きょうと ごしょ で くらす かも なんて はなし も あるので、 いま の うち から 「うぇるかむ されてると おもうな よ!」「きたら いつも すぐ そば で こうぎ やって やるから な!」 という いし ひょうじ として はつ の こころみ です が やって おいて よかっ たです。
こういう ぜんれい を つくって つづけて いく こと は だいじ な ん じゃ ない か な と おもいます。

て ーーーー ん ーーー NO!!!

6月24日 共謀祭 * 6がつ 24にち きょうぼうさい

** ふたつめ は かんじ つかって いません **
 
みなさんはんにちわ~
さて、去る6月15日の強行採決をへて、もう21日には「共謀罪」法が公布されてしまいました。
現状、なにをやっても(やっていなくても)自分たちの思いどおりにひとを拘束したり、痛めつけたりする警察(とそれらに命令する権力)ですが、
共謀罪」ができてしまうと、あなたとわたしがSNSで交わしたおしゃべりをもとに、罪に問われてしまうことになるやもしれません。そりゃもう権力やりたい放題です。
「そんなぶっそうなこと言ったりせえへんから大丈夫やわ」
「つかまるのは「日の丸おろせー!」とか「君が代流すなー」とか言ってる反日非国民だけやろ」
「ぶっそうなこと」ってどんなこと?「反日非国民」ってどんなひとたち?
何がぶっそうで何がぶっそうでないか、あなたが反日非国民か反日非国民でないかは、あなたを捕まえたいと思っている人たちには
実はどうでもいいことです。その人らが、なんらかの理由があってあなたを捕まえたい、拘束したいと思ったとき、そのときあなたの言動は、捕まえる人にとって
「社会の秩序を乱す可能性のあるわるい行動」になります。これといって行動していなければ、「わるいことをたくらんでいる」として、捕まえます。これが「共謀罪」です。
 
内心の自由を侵し、表現の自由を狭め、権力にさらに力を与えてしまう「共謀罪」。
こんなものの存在を、ゆるすわけにはいけません。
そして「共謀罪」は、「成立するかもよ」「採決したよ」「施行するよ」の段階から、誰かの表現を、告発を、萎縮させる効果を持っています。
これこそが、まだ適用されてもいない「共謀罪のおそろしいところです。
だから、萎縮しないで、どんどん共謀しましょう。
3人寄れば共謀。休みの前には共謀。仕事を終えたら共謀。お金が入れば共謀。肩がこったら共謀。ニキビつぶして共謀。
夏になったら共謀。雪が降ったら共謀。西へ行ったら共謀。東に行っても共謀。
充電できたら共謀。Wi-Fiつかんで共謀。電波なくても共謀。雨があがったら共謀。
 
ということで、公布直後の6月24日、某所でささやかな「共謀祭」をもよおしました。
祭りといっても笛やたいこ、酒やおでんや押し寿司はありません。
しかし、わたしたちにはおのおのたくさんの「はかりごと」があります。
それらを持ち寄って、共謀しました。
 

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《画像:はかりごとのかずかず》
 
御所(京都御所)、大人気ですね。
ほか、泊まり込みや展示など、いろんなはかりごとが出てきました。
参加したメンバーが最近気になっていることなどもシェアして、やっぱり天皇制ダメだよね、って。
どれからやるか、どれもやるか、それはまた今後ということで。
 
みなさん、共謀しましょう!
 
** かんじ つかって いません **
 
みなさん はん に ちわ ~
さて、 さる 6 がつ 15 にち の きょうこう さいけつ を へて、 もう 21 にち に は 「きょうぼうざい」 ほう が こうふ されて しまいました。
げんじょう、 なに を やって も (やって いなく て も) じぶんたち の おもい どおり に ひと を こうそく したり、 いため つけたり する けいさつ (と それら に めいれい する けんりょく) です が、 
「きょうぼうざい」 が できて しまうと、 あなた と わたし が SNS (えす えぬ えす) で かわした おしゃべり を もと に、 つみ に とわれて しまう こと に なるや も しれません。 そりゃ もう けんりょく やりたい ほうだい です。
「そんな ぶっそう な こと いったり せ え へん から だいじょうぶ や わ」
「つかまる の は 「ひのまる おろせ ー!」 とか 「きみがよ ながすなー」 とか いってる はんにち ひこくみん だけ やろ」
「ぶっそう な こと」 って どんな こと?「はんにち ひこくみん」 って どんな ひとたち?
なに が ぶっそう で なに が ぶっそう でない か、 あなた が はんにち ひこくみん か はんにち ひこくみん でない か は、 あなた を つかまえたい と おもって いる ひとたち に は
じつは どう でも いい こと です。 その ひとら が、 なんらかの りゆう が あって あなた を つかまえたい、 こうそく したい と おもった とき、 その とき あなた の げんどう は、 つかまえる ひと にとって
「しゃかい の ちつじょ を みだす かのうせい の ある わるい こうどう」 に なります。 これ と いって こうどう して いなけれ ば、 「わるい こと を たくらんで いる」 として、 つかまえます。 これ が 「きょうぼうざい」 です。

ないしん の じゆう を おかし、 ひょうげん の じゆう を せばめ、 けんりょく に さらに ちから を あたえて しまう 「きょうぼうざい」。
こんな もの の そんざい を、 ゆるす わけ に は いけません。
そして 「きょうぼうざい」 は、 「せいりつ するかも よ」「さいけつ した よ」「しこう するよ」 の だんかい から、 だれか の ひょうげん を、 こくはつ を、 いしゅく させる こうか を もって います。
これ こそ が、 まだ てきよう されて も いない 「きょうぼうざい」 の おそろしい ところ です。
だから、 いしゅく しない で、 どんどん きょうぼう しましょう。
3にん よれば きょうぼう。 やすみ の まえ に は きょうぼう。 しごと を おえたら きょうぼう。 おかね が はいれば きょうぼう。 かた が こったら きょうぼう。 にきび つぶして きょうぼう。
なつ に なったら きょうぼう。 ゆき が ふったら きょうぼう。 にし へ いったら きょうぼう。 ひがし に いって も きょうぼう。
じゅうでん できたら きょうぼう。 Wi-Fi(わい ふぁい) つかんで きょうぼう。 でんぱ なく て も きょうぼう。 あめ が あがったら きょうぼう。

という こと で、 こうふ ちょくご の 6 がつ 24 にち、 ぼうしょ で ささやか な 「きょうぼうさい」 を もよおしました。
まつり と いって も ふえ や たいこ、 さけ や おでん や おしずし は ありません。
しかし、 わたしたち に は おのおの たくさん の 「はかりごと」 が あります。
それら を もちよって、 きょうぼう しました。

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《がぞう : はかりごと の かずかず》

ごしょ (きょうと ごしょ)、 だいにんき です ね。
ほか、 とまりこみ や てんじ など、 いろんな はかりごと が でて きました。
さんか した めんばー が さいきん き に なって いる こと など も しぇあ して、 やっぱり てんのうせい だめ だ よ ね、 って。
どれ から やるか、 どれ も やるか、 それ は また こんご という こと で。

みなさん、 きょうぼう しましょう!